口の中に腫れや痛みが出ると、口内炎ができたと考えて痛みが引くまで放置している方は多いでしょう。しかし、実はその腫れや痛みは口内炎ではなくがんの一種である口腔がんという可能性があることをご存じでしょうか?
この記事では、口内炎と見間違いやすく重症化しやすい口腔がんについて解説します。口内の腫れや痛みが気になる方は参考にしてください。
口腔がんとは
口腔がんとは、口の中(口腔内)にできるがん(悪性腫瘍)のことで、頬の内側や歯茎、唇など、口腔内のさまざまな場所にできます。
腫瘍とは遺伝子の異常によって細胞が過剰に分裂して塊となるものを指しますが、大きくはなるものの、ほかの周囲の細胞への影響や転移がないものを良性腫瘍といい、周囲組織への浸潤や離れた組織への転移をする可能性があるものを悪性腫瘍といいます。
悪性腫瘍である口腔がんは放置しておくと少しずつ大きくなり、周囲の細胞への悪影響や体内のほかの部位に転移してがん化させることで、最終的には複数臓器の不全などを引き起こし、最悪の場合は死に至る可能性もあります。
がんが初期に見つかった場合は死亡リスクが低く治療が行えるのに対し、放置してステージが進行してしまうと死亡リスクが大きく上昇するため、早期発見が重要です。
しかし、口腔がんの初期症状は軽度の腫れやしこり、しみる感じの痛みなど口内炎に似ているため放置してしまいやすく、なかなか口内炎が治らないと感じて診察を受けてみる、症状が進行して口の開け難さや出血などを伴うようになって診察を受けるなど、発見が遅れることがしばしばあります。
舌にできる舌がん
口腔がんのなかでも、特に頻度が高いものが舌にできる舌がんです。
舌がんの大半は舌の表面を覆う扁平上皮細胞から発生し、症状が進行するにしたがって深くなっていきます。
舌の横や裏にできることがほとんどで、先端や上部に発生することはあまりありません。
なお、舌にできるがんではあっても、根本(舌根)にできた場合は中咽頭がんに分類されるため、舌がんは鏡で見える範囲にできるがんとなります。
舌がんは早期でも首のリンパ節へ転移してしまう可能性があり、早期に発見して初期治療を行う際には転移がみられなくても、その後の検査で転移が確認されることも多い症状です。
そのため、舌がんの治療では舌にある悪性腫瘍の部位だけではなく、予防的に転移しやすい部位も除去する頸部郭清が行われる場合もあります。
口内炎の症状
口内炎は口の中にできる炎症全般を指す言葉で、口腔内にて細菌や真菌、ウィルスなどが増殖することによって発生します。
一般的に口内炎という場合はアフタ性口内炎という症状を指すことが多く、これは境界線が明瞭な白く薄い膜の潰瘍を中心として、その周囲が赤く腫れあがったような状態になる症状です。
アフタ性口内炎は栄養不足や睡眠不足、ストレスやホルモンバランスの乱れといった状態によって免疫機能が低下し、口腔内の粘膜部分で菌の繁殖などが生じることで炎症が引き起こされるもので、独特の強い痛みから食欲減退などの状態につながる症状です。
アフタ性口内炎は発生から3~5日程度で痛みのピークを迎え、その後は体の持つ免疫機能によって少しずつ症状が治まっていき、ほとんどの場合は1~2週間程度で自然治癒します。
ただし、体力の低下などによって免疫機能が落ちている場合や、口腔内が清潔でない状態にあると回復までに時間がかかったり、同じ場所に繰り返し口内炎ができるケースもありますので、しっかりと回復させるためには口内環境の見直しや生活習慣の改善などが必要です。
口腔がんを放置するとどうなる?
口腔がんは初期段階で発見して治療を行えば完治する可能性が高いですが、放置すると少しずつステージが進行し、生存率が低下してしまいます。
口腔がんにおけるそれぞれのステージについてご紹介します。
口腔がん:ステージ1
腫瘍は大きさが2cm以下、深さが5mm以下であり、リンパ節への転移が認められないものがステージ1となります。
基本的には原発腫瘍を取り除けば完治が可能であり、サイズが小さいため切除範囲も小さくすむでしょう。
ステージ1で発見された場合はがんによる死亡リスクは低く、舌がんの場合は5年生存率が90%以上とされています。かかりつけの口腔外科などで定期的に歯科検診を受け、早めに腫瘍を見つけることが大切です。
口腔がん:ステージ2
ステージ2は、ステージ1と同様にリンパ節への転移がない状態で、腫瘍の大きさが2cm以下かつ深さが5mmを超えるものか、腫瘍の最大径が2cm以上4cm以下で深さが10mm以下の場合です。
リンパ節への転移がないため、こちらも原発腫瘍の切除で治療が可能ですが、ステージ1と比べると腫瘍サイズが大きくなるため身体への負担も大きくなります。
なお、リンパ節への転移が認められない状態でも、口腔がんは初期治療の後でリンパ節への転移などが確認されるケースもあるため、医師によって完治が確認されるまでは定期的な通院や診断が必要となります。
口腔がん:ステージ3
腫瘍の最大径が4cm以下で深さが10mm以上、または腫瘍の最大径が4cmを超え、深さが10mm以下のサイズまででリンパ節への転移がない、または腫瘍がある方と同じ側のリンパ節に直径3cm以下の転移が1個あり、リンパ節の外へは広がっていない場合はステージ3と診断されます。
リンパ節への転移がある場合は、転移がみられるリンパ節を周囲の組織ごと取り除く頸部郭清術が行われ、また放射線治療と抗がん剤による薬物療法を併用した術後化学放射線治療が推奨されます。
5年後生存率はステージ3の舌がんの場合で60%程度という報告があり、ここまで進行する前に早期発見と治療を行うことが大切です。
口腔がん:ステージ4
ステージ3の状態よりも進行したものがステージ4で、ステージ4はさらにA、B、Cという3つの段階に分けられます。
ステージ4Aはがんが咀嚼筋間隙や翼状突起、頭蓋底に広がる状態や、内頚動脈の周りを囲む状態まではいたっておらず、転移も6cm以下でリンパ節の外までは広がっていないという状況で、ステージ4のなかではまだ症状が進行していないものです。
症状がさらに進行して転移がリンパ節の外側に広がるか、腫瘍のサイズが4Aのものよりも大きくなると4Bとなります。
一方で4Cは腫瘍の大きさなどによらず、遠くの臓器に転移する遠隔転移の有無によって診断されます。
いずれにしてもステージ4まで進行した場合は治療の難易度が上がり、5年後生存率も50%程度と減少します。
口腔がんと口内炎の見分け方
初期の口腔がんと口内炎は腫れや痛みといった同じような自覚症状であることから見分けがつきにくく、発生頻度は明確に口内炎の方が多いこともあって、口腔がんと認識することはなかなか難しいといえます。
違いとしては口内炎の場合は中心の白い潰瘍部分が円形となっていますが、口腔がんの場合は境目が不明瞭であったり、ギザギザと歪な形をしていたりするという違いがあります。
また、口腔がんはしこりが先にできて痛みはあまり感じにくく、口内炎は強い痛みを早く感じやすいので、腫れているけれど痛みを感じない症状がある場合は注意した方がよいでしょう。
口内炎は通常1~2週程度で自然治癒するため、なかなか治らず3週間以上経過しているような場合は早めに診断を受けるようにしましょう。
正確に見分けるためには歯科口腔外科へ
口腔がんと口内炎の症状には違いがありますが、実際にそれを正確に見極めることは容易ではありません。
口腔がんをしっかりと早期発見するためには、自己判断をせずになるべく早く歯科口腔外科の診察を受けることをおすすめします。
歯科口腔外科は口腔内の外科治療のスペシャリストで、口腔がんの治療は歯科口腔外科が専門的に取り扱うものの一つです。
歯科口腔外科の歯科医師は口腔がんの症例を多く経験しており、その経験から口内炎と口腔がんを正確に見極めて治療を行っています。
診察の結果として口内炎の症状であった場合も、レーザー治療や薬による治療などで口内炎の痛みを取り除きながら早く治療を行うことが可能なので、口内に腫れや痛みの症状が出たら、まずは一度歯科口腔外科の診察を受けてみてはいかがでしょうか。
口内炎が口腔がんになる場合もある?
口内炎は口腔内に細菌やウィルスなどが繁殖して炎症を起こす症状であり、一方で口腔がんは遺伝子異常によってできる腫瘍なので、基本的にはまったくの別物です。
そのため、口内炎が口腔がんに変化するというものではありませんが、口内炎だと思っていたらなかなか治らず口腔がんだったというケースが多いため、口内炎が口腔がんになったと感じることもあるかもしれません。
また、口内炎が直接口腔がんにならなくても、口内炎が繰り返しできる人は口腔環境が悪化している可能性が高く、口腔がんが発生しやすい状況に近づきます。
口内炎がよくできてしまう方は、定期的に歯科医院へ通院して口腔内のクリーニングを受けるなど、口腔環境の改善を行うことも大切です。
こんな症状がある場合は早めに受診
前述のとおり、口腔がんと口内炎は似た症状でありながら、口腔がんは初期に痛みを感じにくいという違いがあります。口腔内に腫れやしこりができているものの、口内炎のような痛みを感じないという場合には早めに歯科口腔外科を受診しましょう。
また、口腔がんは口内の目視確認が可能な範囲にできるものですので、できれば定期的な目視でのセルフチェックを取り入れてみてください。
セルフチェックでは鏡に向かって口を大きく開きながら、口内の状態を全体的にチェックします。この時に粘膜がピンク色ではなく、赤や白になっている部分があれば、口腔がんに発展する前兆の症状である可能性もあるため、受診を検討してもよいでしょう。
口腔がんの治療法
口腔がんの治療は、まず第一に原発巣切除術といって腫瘍ができている部分を除去する手術が行われます。
がんは骨の細胞なども広がるため、その場合は骨も含めて切除します。切除範囲はがん化している部分だけではなくその周囲の組織も対象となります。
また、リンパ節への転移が認められる場合や、まだ転移がなくても今後リンパ節への転移が明らかになる可能性が高い場合は、リンパ節を周囲の組織ごと除去する頸部郭清術が同時に行われます。
このように口腔がんの治療では広い範囲で組織の切除が行われるため、切除と合わせて体のほかの部位の組織や人工材料を用いた再建手術も実施されます。
なお、がんが進行していて原発巣切除術ではがんが取りきれない場合や頸部のリンパ節への転移が認められる場合は、放射線治療や薬物療法を組み合わせた術後化学放射線治療が行われます。
放射線治療は放射線によってがん細胞を死滅させる目的の治療で、がんを治療する効果は得られる一方で健康な細胞にも影響があるため、さまざまな副作用が出る可能性もある治療です。
薬物療法は免疫機能への働きかけなどによってがんの縮小や進行を遅らせる効果のある治療法ですが、こちらもやはり強い副作用の可能性があり、がんの状態や健康状態などに応じて慎重に治療方法が決定されます。
口内炎の治療法
口内炎は完治まで放置する方が多いと思いますが、歯科口腔外科の受診で下記のような治療を受けることができます。
塗り薬による治療
炎症を早期に鎮める軟膏や、炎症部分に刺激が加わらないようにするパッチなどの処方によって、痛みを抑えて早期に口内炎を治癒させます。
口内炎用の薬はドラッグストアなどでも市販されていますが、歯科口腔外科を受診することでより症状に適した薬を、保険適用の価格で手に入れることができます。
レーザーによる治療
歯科治療用のレーザーで口内炎を焼き、炎症による痛みを抑えながら治癒させる治療です。
レーザーの照射による痛みは軽微で、焼いた部分は1週間程度で健康な細胞へと入れ替わりますので、早く口内炎の痛みを解消したいという方に適した治療法です。
そのほかの治療
ビタミン剤や漢方薬といった処方や、歯科クリーニングや噛み合わせの調整といった口内環境の改善による口内炎の原因を改善する治療を受けることができます。
編集部まとめ
口腔がんは早期に発見ができれば生存率も高く安全に治療ができる一方で、症状が進行してしまうと死亡リスクが高くなり、身体への負担が大きい治療が必要になる可能性があります。
口内炎と似た症状のため、なかなか自分では気が付きにくく、口内炎だと思っていたら実は口腔がんだったというケースも多々ありますので、可能であれば口内炎ができたら自己判断をせず、一度歯科口腔外科の正確な診断を受けるようにしましょう。
歯科口腔外科では口腔がんと口内炎の両方とも専門的な治療ができるため、口内炎と診断された場合も早期に痛みを取り除き治癒できるでしょう。
参考文献