親知らずといえば、歯みがきがしにくい、むし歯になりやすいといったイメージをお持ちの方も多いのではないでしょうか。奥まった場所に生えてくるため、トラブルが起こりやすく、違和感や腫れを経験することも少なくありません。
実は、親知らずが原因で、耳が痛くなることもあるのをご存知でしょうか?
「歯が痛いと思っていたら、耳の奥までズキズキする」といった症状が、親知らずに関係しているケースがあるのです。
この記事では、親知らずの痛みの原因とその特徴、耳が痛くなる理由、自宅でできる対処法や受診のタイミング、歯科医院での治療内容について解説します。
親知らずが痛む原因

親知らずは、智歯(ちし)、または第3大臼歯(だいさんだいきゅうし)とも呼ばれ、前歯から数えて一番奥に生える歯です。20歳前後に、最後に生えてくる歯であることから、生えるスペースが足りず、まっすぐに生えてこない場合がよくあります。
例えば、骨の中に埋まったままであったり、横や斜めの方向に傾いて生えてきたりするケースです。
このように、歯の頭のすべてまたは一部が、顎の骨や歯茎(歯肉)に埋まって出ていない歯は、埋伏歯(まいふくし)と呼ばれます。特に、一部が埋まっているものを半埋伏歯(はんまいふくし)といい、汚れがたまりやすく、炎症や細菌感染のリスクが高いことが知られています。
親知らずに埋伏歯が多いことは、実際の調査結果にも表れています。日本で行われた大学病院歯学部の調査では、下顎の親知らずの約70%が埋伏歯であったと報告されています。
このような背景から、親知らずは、歯ブラシが届きにくく、日常的な清掃が難しい歯だといえるでしょう。
結果として、食べかすや細菌が蓄積しやすくなり、細菌の塊であるバイオフィルムが形成される原因となります。バイオフィルムは、一般的に歯垢(プラーク)とも呼ばれ、むし歯や歯肉の炎症を引き起こす原因のひとつです。こうしたトラブルが、親知らずの痛みにつながります。
ここでは、親知らずが痛む主な原因として代表的な3つを紹介します。
親知らずや周囲の歯のむし歯
むし歯は、う蝕(うしょく)と呼ばれ、歯に細菌が感染して表面から内部へと進行していく病態と、その病変のことを指します。
糖分を頻繁にとる食生活や、みがき残しがあると、口腔内の細菌バランスが崩れ、いわゆるむし歯菌と呼ばれる、ミュータンス菌といった原因菌が増殖し、酸を産生して歯を溶かします。その結果、歯に穴があいてしまいます。むし歯が歯の内部に及ぶと、冷たいものなど刺激物をとったときに歯に痛みを感じたり、神経への刺激によりズキズキとした強い痛みを感じることになります。
また、親知らずにできたむし歯が進行すると、手前の歯(第二大臼歯)にも影響が及ぶ可能性があり、重症化すると両方の歯を抜歯しなければならなくなることもあります。
親知らずは、歯の一番奥に位置するため目視やケアが難しく、プラークが残りやすい歯です。特に、お口を大きく開けづらい方や、親知らずが斜めに生えているケースでは、歯磨き方法の操作がしにくく、適切な清掃が行き届かないことが多いため、むし歯を未然に防ぐには、より丁寧なケアが求められます。
智歯周囲炎
むし歯でなくても、親知らずの周辺に汚れがたまることで、歯肉が炎症を起こすことがあります。この状態は、智歯周囲炎(ちししゅういえん)と呼ばれ、腫れや痛み、出血を伴うことが特徴的です。食事や会話のたびに違和感や鈍痛を感じることもあり、生活に支障をきたすこともあります。
症状が強い場合には、歯肉から膿(うみ)が出る場合もあります。
炎症が長く続いたり、十分に治療されないまま放置されたりすると、周囲の骨や筋肉、顎にまで炎症が広がることがあります。
その結果、顔が腫れる、お口が開きにくい、食べ物を飲み込みにくいといった症状が現れることがあります。
歯周病
歯周病とは、歯と歯肉のすき間から侵入した細菌によって起こる、歯肉の病気と、歯を支える骨の病気の総称です。歯肉に炎症を引き起こした状態(歯肉炎)と、歯を支える骨にまで炎症が及んだ状態(歯周炎)をあわせて、こう呼びます。
原因には、歯周病原菌と呼ばれる複数の細菌が関わっていると考えられています。細菌の塊であるプラークが蓄積されると、感染による炎症と、細菌が産生する毒素の影響で、歯肉が赤く腫れ、出血しやすい状態になります。
進行するにつれて、痛みを感じるようになるほか、病原菌の毒素により、歯を支える歯槽骨(しそうこつ)が溶かされ、歯がグラグラになったり、抜け落ちたりすることがあります。
親知らずは清掃が難しいため、プラークがたまりやすく、歯周病が起こりやすい部位のひとつとされています。歯周病は初期では自覚症状が乏しいことも多く、気付かないうちに進行していることもあるため、日常的なケアに注意が必要です。
親知らずで耳が痛くなる原因

なぜ、奥歯である親知らずのせいで、耳まで痛くなることがあるのでしょうか。
これには、親知らずと周辺組織の位置関係と、神経のつながりが関係しています。
親知らずを含む歯や顎の周辺には、耳と同じ三叉神経(さんさしんけい)由来の神経が分布しています。
そのため、炎症や感染などによって生じた痛みが、耳の痛みとして感じられることがあります。これは、痛みの原因とは異なる部位に痛みを感じる、関連痛と呼ばれる症状です。
実際に、耳鼻咽喉科で異常が見つからなかった後に、歯の病気が判明するケースもあるようです。こうした歯と耳の関係は、耳鼻咽喉科の現場でも以前から指摘されており、歯科との連携の重要性が強調されています。
「耳が痛ければ、耳の病気」とは決めつけず、口腔内の状況にも気を配っておくことが大切です。
ここでは、親知らずで耳の痛みが生じる主なケースを、背景となる病気に分けてご紹介します。
智歯周囲炎
親知らずの周りの歯肉に炎症が起こると、特にその状態が長く続いた場合に、炎症の刺激が神経に伝わり、歯から耳にかけて痛みを感じることがあります。
このような痛みは、歯と耳が、共通の神経支配を受けていることにより生じる関連痛と考えられています。
むし歯
親知らずがむし歯になると、歯のエナメル質が溶け、内部の象牙質(ぞうげしつ)から歯髄(しずい)へと炎症が及ぶことがあります。このとき、歯の神経(歯髄に分布する三叉神経の枝)が刺激を受けると、その上流にあたる神経経路が耳の感覚と重なるため、耳にも痛みが現れることがあります。
さらに、炎症が歯の根元と骨をつなぐ歯根膜(しこんまく)に及ぶと、痛みがより広がりやすくなり、耳まで痛むこともあるとされています。
その他
親知らずの抜歯後には、顎や周辺組織に炎症が生じたり、施術中の開口動作によって顎(がく)関節や周辺筋肉に負担がかかったりすることで、一時的に耳に違和感を感じることがあります。
耳の痛みが強く続く場合には、処置を受けた医療機関へ相談しましょう。
智歯周囲炎で耳が痛い場合に自宅でできる対処法

では、智歯周囲炎が原因で耳に痛みを感じるとき、自宅でできる対処法にはどのようなものがあるのでしょうか。
ここでは、病院を受診するまでに行える応急的な対処法をご紹介します。
なお、これらの方法はあくまでも一時的な対処であり、症状が改善しない場合には早めの受診が重要です。
アイスパックで冷やす
親知らずの周囲で炎症が起きている場合、冷やすことで炎症を抑え、痛みをやわらげる効果が期待できます。
薄手の布で包んだアイスパックや冷たく絞ったタオルを用意し、直接肌に当てないようにして、顎の外側から患部にあてましょう。
冷やしすぎると痛みが強くなったり、肌を傷めたりすることがあるため、使用時間は短時間から始め、様子をみながら行いましょう。
痛み止めを服用する
痛みがつらく、日常生活に支障をきたすような場合には、市販の鎮痛薬(痛み止め)を服用するのも選択肢のひとつです。よく使用される成分としては、アセトアミノフェン、ロキソプロフェン、イブプロフェンなどが挙げられます。ただし、持病のある方や妊娠中の方、ほかの薬を服用している方は、自己判断での使用を避け、薬剤師や医師に相談すると安心です。
また、痛み止めは症状を一時的にやわらげるためのものであり、根本的な原因を治すものではありません。
症状が続く場合や繰り返す場合には、できるだけ早めに歯科医院を受診しましょう。
体調を整える
栄養不足や睡眠不足、過労などが続くと、身体の免疫バランスが崩れ、炎症が悪化しやすくなります。こまめな休息と、バランスのとれた食事、十分な水分補給を意識することで、炎症の進行を抑える一助となります。
お口の中の腫れや違和感が強いときは、やわらかくて刺激の少ない食事を選び、香辛料やアルコールは控えるようにしましょう。また、軽くうがいをして、口腔内を清潔に保つことも大切です。
親知らずによる耳の痛みで受診する目安

親知らずが原因で耳に痛みを感じたとき、「すぐに病院を受診すべきかどうか迷う」という方も少なくありません。
しかし、これまでご紹介してきたような痛みの原因は、治療をせずに放置すると悪化したり、炎症が広がったりするおそれがあります。そのため、早めに症状に気付き、適切なケアを受けることが大切です。
痛みの程度や持続時間、生活への影響の大きさなどによっても、受診の判断は変わります。我慢できる範囲だと思っても、思わぬ重症化を防ぐためには、「少しおかしいかも」と感じた時点で受診することが重要です。
耳の痛みに加えて、以下のような症状がみられる場合には、歯科医院への受診を検討しましょう。
- 痛みが激しい、または徐々に悪化している
- 歯肉の腫れや出血が続いている
- 歯肉から膿が出ている、お口の中に強いにおいを感じる
- お口が開けにくい、食事や会話がしづらい
- 発熱している、全身がだるい
また、これらに当てはまらない場合でも、耳の痛みが長く続く、原因がはっきりしないといった場合には、耳鼻咽喉科へ相談することも選択肢のひとつです。
親知らずで耳が痛いときに歯科医院で行われる治療

診察や検査の結果、耳の痛みの原因が親知らずにあると判断された場合、どのような治療が行われるのでしょうか。
親知らずが関係する病気には、智歯周囲炎やむし歯などがあり、症状の程度や進行具合には個人差があります。
歯科医院では、こうした原因となる疾患を見極めたうえで、炎症の広がりや歯の生え方、全身状態などを総合的に評価し、適切な治療方法が選択されます。
ここでは、歯科医院で実施される代表的な治療法についてご紹介します。
歯肉の洗浄
まず、炎症の原因となる細菌や汚れを取り除くために、患部周囲の洗浄が行われます。
特に、歯と歯肉の間にある歯周ポケットには食べかすやプラークがたまりやすく、放置すると炎症を悪化させる原因になります。
この部分にたまった汚れは、専用の機器を使って洗浄されるのが一般的です。
膿が出ている場合には、初期段階であれば洗浄によって自然に排出されることもあります。
口腔内の洗浄
口腔内の衛生状態が悪いと、一部を治療しても炎症や感染が再発するリスクが高くなります。
そのため、患部だけでなく、お口の中全体を洗浄・清掃する処置が行われることがあります。
また、継続的な口腔ケアの指導をされる場合もあります。歯科医師の判断により、症状や口腔内の状態に応じて複数回にわたって洗浄処置が行われることもあります。
薬物療法
細菌感染が疑われる場合には、抗菌薬を用いた薬物療法が行われます。
通常は経口薬(飲み薬)が処方されますが、症状が強い場合や全身症状を伴う場合には、点滴による抗菌薬投与が検討されることもあります。
あわせて、痛みや炎症を抑える目的で、消炎鎮痛薬が使用される場合や、発熱に対して解熱薬が処方されることもあります。
また、開口障害や飲み込みにくさによって脱水や低栄養があると判断された場合には、点滴による補液が行われる場合もあります。
薬物療法や処置の選択は、全身状態や持病、薬のアレルギー歴などを考慮して慎重に行われます。
その他の処置
炎症が強く、膿がたまっている場合には、局所を切開して膿を排出する、ドレナージと呼ばれる処置が行われることもあります。
さらに、根本的な治療として親知らずの抜歯が必要になるケースもあります。
急性の炎症がある場合は、まず薬物療法で症状を落ち着かせたうえで抜歯が行われることが一般的です。
抜歯を行う際は、レントゲンやCTなどの画像検査で歯の位置や、周囲の骨・神経との関係を確認し、適応や処置方法が慎重に判断されます。
まとめ

耳に痛みを感じたとき、その原因が親知らずにある可能性も考えられます。
日頃から正しい歯みがきの習慣を心がけ、親知らずの周りにも食べかすが残らないように注意しましょう。
また、甘いものを頻繁にとることは、むし歯や歯肉の炎症を引き起こす一因となります。食事やおやつは、適度な量を決まった時間にとるようにするとよいでしょう。
口腔内を清潔に保つことは、痛みや炎症の原因となる歯のトラブルを予防するための第一歩です。定期的に歯科検診を受けておくことも大切です。
そして、親知らずや耳に痛みを感じたときには、この記事で紹介した受診の目安を参考にしながら、無理をせず早めに歯科医院へ相談するようにしましょう。
参考文献
- StatPearls. NCBI Bookshelf/米国国立医学図書館. Dental Caries.
- 慶應義塾大学病院. 歯性感染症.
- 日本口腔外科学会. 口腔外科相談室. 親知らずについて.
- 札幌医科大学医学部口腔外科講座. 親知らず.
- 慶應義塾大学病院. 埋伏歯.
- 厚生労働省. 健康日本21アクション支援システム. 歯周病とは.
- Phatak S et al. Role of orthopantomogram in unexplained earache. Indian J Otolaryngol Head Neck Surg. 2018;71(Suppl 2):1207–1211.
- 千葉雅俊ら. 三叉神経障害を生じる病態の鑑別診断について. 第64回総会 日本口腔顔面痛学会共同シンポジウム 2020;66(11):540-552.
- 東北大学保健管理センター. 智歯周囲炎.
- 西嶋克己ら. 日本口腔外科学会雑誌. 1981;27(7):882-887.
- 山田浩之. 耳鼻咽喉科の臨床に関連する歯性感染症. 耳鼻咽喉科展望. 2017;60(3):146-152.
- Ramazani F, et al. Referred otalgia: common causes and evidence-based strategies for assessment and management. Can Fam Physician. 2023;69(11):757–761.