口腔内環境にさまざまな悪影響をもたらす親知らず。もうすでに親知らずが生えていて、いつトラブルを起こすかわからない状態の人もいれば、すべての親知らずが歯茎の中に埋まっている人もいます。ここではそんな親知らずが歯並びと口腔内環境に及ぼす影響や抜歯するべきかの判断基準について解説します。自分の親知らずの生え方や症状に気になるところがある人は参考にしてみてください。
親知らずについて
はじめに、親知らずという歯の基本事項から確認していきましょう。そもそも親知らずとはどんな歯なのか。親知らずが生える人と生えない人の違いは何なのかを解説します。
親知らずとは
親知らずは、20歳前後に生えてくる永久歯で、専門的には第三大臼歯や智歯(ちし)と呼ばれています。20歳は成人する時期であるため、“親知らず”という少し変わった名前で呼ばれるようになりました。ちなみに、親知らずのひとつ手前の第二大臼歯は、12歳くらいに生えてくるため、その点だけでも親知らずが特殊な永久歯であることがうかがい知れます。
親知らずは誰でも生えるのか
さて、親知らずは第三大臼歯という永久歯のひとつであると伝えましたが、それならば誰でもすべての親知らずが生えてきて当たり前のように感じます。もちろん、第二大臼歯や第一大臼歯も人によっては生えてこないことがありますが、その確率は極めて低いです。先天的な異常や乳歯からの生え変わりの異常がない限り、基本的には28本の永久歯が生えてくるものです。
一方、親知らずは、上下左右4本すべて生えている人の方が少ないです。実際、自分や家族、友人で親知らずが4本しっかり生えている人は、あまり見当たらないことでしょう。ここでひとつ注意しなければならないのが「親知らずが生えていない」ことと「親知らずが存在しないこと」は同義ではないという点です。例えば、口腔内には親知らずが1本も見えていなくても、歯茎の中には4本とも存在しているケースもあり得るからです。そうした親知らずの有無自体は、レントゲンを撮影することが正確に把握できます。
このように、親知らずという永久歯は、誰でも生えるものではなく、人によって生える本数が大きく異なるものなのです。そもそも親知らずが1本も存在していない人もいるため、ケースに応じて適切な対策を講じなければならない永久歯といえるでしょう。
親知らずと歯並びの関係
次に、親知らずと歯並び・噛み合わせの関係について考えてみましょう。
歯並びへの影響
私たちの歯並びは、お互いがお互いを支え合う形で成り立っています。顎の骨のサイズが小さくてスペースが不足しているケースでは、歯と歯が圧迫し合ってデコボコの歯並びになったり、出っ歯になったりするのは皆さんも知っていることでしょう。親知らずがあると、スペースの不足が生じやすいだけでなく、手前の歯を直接、圧迫することでも歯並びを乱すことがあります。
とくに注意しなければならないのが、歯茎の中に真横を向いた状態で埋まっている親知らずで、手前の歯を押し込む力が働きやすいです。歯というのは、頭の部分である歯冠が向いている方に移動する性質があるため、そのまま放置していると徐々に前方へと動き始めることがあります。そうしたリスクのある親知らずは、予防的に抜歯することも珍しくありません。
噛み合わせへの影響
親知らずは、噛み合わせを悪くすることもあります。例えば、親知らずだけ他の歯よりも高い位置で噛んでいると、全体の噛み合わせが乱れてしまいます。親知らずによって歯並びが悪くなれば、上下の噛み合わせにも自ずと悪影響が及んでいくことでしょう。噛み合わせは、口腔全体の健康とも深い関係しているだけに、親知らずによってそれが乱されるのであれば、早期に抜歯をした方がよいといえるでしょう。
親知らずと口腔内環境の関係
続いては、親知らずと口腔内環境との関係についてです。親知らずの生え方が悪いと、むし歯や歯周病、口内炎などリスクが高まる点に注意が必要です。
むし歯や歯周病の可能性
親知らずは、その他の永久歯よりもむし歯や歯周病になるリスクが高いです。それは親知らずが正常に生えておらず、歯磨きしにくいことと関係しています。例えば、半分だけ頭を出している親知らずは、斜めに生えている親知らずは、普通にブラッシングしても汚れを効率良く落とすことができません。
親知らずは口腔の一番奥に生えてくる歯でもあるので、汚れが残っているかも確認しにくいのです。そのため本人が気づかないうちに歯垢や歯石がたまってしまい、細菌の活動も活発化します。その結果として、むし歯や歯周病のリスクが高まります。
◎親知らずは智歯周囲炎に注意が必要
親知らずは、むし歯と歯周病のどちらにもかかりやすいのですが、後者の方が重症化しやすいため注意が必要といえます。親知らずには、智歯周囲炎という特別な名前のついた歯周疾患があるくらいですから、医学的にも特別な意味があるといえます。
智歯周囲炎は、その名の通り智歯である親知らずの周りの歯茎や顎の骨に炎症が起こる病気で、基本的な原理は歯周炎と変わりはありません。病気が進行する過程で、歯茎と顎の骨が破壊されていき、最終的には歯そのものを失うことになります。しかし、親知らずの場合は生えている位置が悪いこともあり、周囲の歯や組織に悪影響を及ぼすことが多いため、智歯周囲炎にかかった場合は早期に抜歯をしてしまうケースも珍しくはないのです。
ちなみに、智歯周囲炎は治療によって症状を改善することが難しく、仮に病状が安定したとしても再発するリスクが極めて高くなっています。そうした面も踏まえて、智歯周囲炎では親知らずの抜歯が第一選択となりやすいといえるのでしょう。
口内炎や口臭などの可能性
親知らずが歯列の外側に大きく飛び出していたり、上の歯と不適切な位置で噛み合っていたりすると、頬の内側の粘膜を傷つけることがあります。その結果、口内炎が繰り返しできる症状に悩まされるのです。これは親知らずを抜歯するか、歯列矯正で歯並び・噛み合わせを整える以外に改善する方法はありません。
◎口臭の原因は親知らず?
毎日きちんと歯磨きをして、マウスウオッシュでうがいもしているのに口臭がなくならない。それはもしかしたら不潔になっている親知らずが原因かもしれません。上でも述べたように、口腔の一番奥に位置している親知らずは、きれいに磨けているかどうかを鏡で確認することは難しいです。
とりわけ親知らずの遠心は、プラークフリーにすることが困難であるため、汚れがたまって細菌の温床になっている可能性も考えられます。そうした親知らずによる口臭が疑われる場合は、定期的に歯科検診・メンテナンスを受けるようにしましょう。口腔ケアのプロフェッショナルである歯科衛生士なら、親知らずの清掃状態を評価できますし、適切なブラッシング法も指導することが可能です。
歯並びに影響する親知らずの生え方
親知らずの生え方は千差万別です。まっすぐきれいに生えている親知らずは、歯並びに悪影響を与えることはまずありませんが、次のようなケースは注意が必要といえます。
斜めに生えている
斜めに生えている親知らずは、手前の歯に不要な圧力を与えています。親知らずによる圧力というのは、矯正装置による力と比べると微々たるものですが、その状態が何年も続けば歯並びを悪くするくらいの影響は与えます。上述した通り、歯茎の中で真横を向いている親知らずも歯並びを乱しやすいため注意が必要です。そうした親知らずの状態を専門的には「水平埋伏(すいへいまいふく)」といいます。
顎が小さい
顎の骨のサイズが小さいと、親知らずの生え方の異常による悪影響が大きく現れやすいです。というのも、顎の骨のサイズが正常あるいは標準よりも大きければ、親知らず行き場を失って手前の歯を押したり、動かしたりする力も働きにくくなるからです。実際、顎のサイズが小さい人は、歯並びのデコボコや出っ歯の症状が強く現れます。そこに親知らずによる圧力が加われば、歯並び・噛み合わせもさらに乱れてしまいます。
親知らずを抜歯するべきかどうかの判断基準
最後に、親知らずを抜歯するべきかどうかの判断基準について解説します。親知らずはいつか必ず抜かなければならないと思っている方が多いのですが、抜歯しなくてもよいケースもたくさんあります。
親知らずを抜歯した方がよいケース
◎親知らずが中等度以上のむし歯・歯周病になっている
親知らずのむし歯や歯周病が中等度以上まで進行している場合は、抜歯を第一に検討するケースが多いといえます。親知らずはもともとむし歯・歯周病リスクが高いだけでなく、再発リスクまで高くなっているため、時間をかけて治療をするよりも抜歯してしまった方が予後もよくなるという考え方です。もちろん、歯科医師によっては、むし歯・歯周病が重症化するまではそれらの治療を優先することもあるので、抜歯するかどうかはケースバイケースといえます。
◎親知らずが手前の歯を圧迫している
親知らずが手前の歯を圧迫して歯根を吸収させたり、歯並びを悪くさせたりしている場合は、抜歯が必要となりやすいです。そのままの状態を放置していると、手前の歯の神経までダメージを負うことがあるため、かけがえのない天然歯を失うことになるのです。それならば全体の歯並びや噛み合わせに影響を与えない親知らずを抜いた方がよいということになります。
◎親知らずに嚢胞ができている
歯茎の中に埋まっている親知らずには、含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)という袋状の病変が生じることがあります。親知らず全体を取り囲むような膿の袋ができて、歯茎や顎に腫脹や疼痛などの症状を引き起こします。嚢胞ができた親知らずは、通常の方法で抜歯するのではなく、摘出という形で顎から取り出します。そのためには外科手術が必須となるため、通常の抜歯よりも患者さんの心身にかかる負担も大きくなるでしょう。
親知らずを抜歯しなくてもよいケース
◎まっすぐ正常に生えている親知らず
その他の永久歯と同じように、真っすぐ正常に生えている親知らずは、無理に抜く必要はありません。とくに上の歯としっかり噛み合っている場合は、貴重な天然歯のひとつとしてしっかりと機能していることから、可能限り保存に努めるのが良いです。親知らずの抜歯には、細菌感染や重要な血管・神経の損傷といったリスクも伴うので、回避するに越したことはありません。
◎完全に埋まっている親知らず
歯茎の中で完全に埋まっている親知らずも基本的には抜かなくて良いでしょう。歯茎の中に埋まっているということは、むし歯菌や歯周病菌に晒されるリスクがなく、ブラッシングする必要性もないからです。ただし、完全埋伏の親知らずも上述した含歯性嚢胞や手前の歯を圧迫するリスクがあるため、1年に1回はレントゲン撮影を行って、経過を確認したいところです。歯科検診やメンテナンスで定期的に通っているかかりつけ歯科医があれば、親知らずに何らかの異常が起こった際、迅速に対応してもらえます。
◎移植歯や支台歯として活用できる親知らず
親知らずが真っすぐ正常に生えていなかったとしても、むし歯や歯周病になる兆しがなく、ブラッシングもきちんと行える状態であれば、抜かずに残した方がよいといえます。なぜなら健康な親知らずは、将来、歯を失った時の移植歯として活用できる可能性があるからです。
例えば、永久歯の中で最も寿命が短いといわれている第一大臼歯をむし歯で失った場合、欠損部に合う形をした親知らずなら、移植歯として活用することができます。親知らずの手前にある第二大臼歯を失った場合は、移植ではなく矯正という形で欠損部を補えるかもしれません。親知らずを手前に移動することで、入れ歯やインプラントを入れなくても、正常な歯並び・噛み合わせを維持できます。
第二大臼歯を失ってブリッジを入れる場合は、第一大臼歯と親知らずを支台歯とすることが可能です。ブリッジやは支えとなる歯を少なくとも2本は大きく削らなければならないため、その1本を親知らずで賄えることは、患者さんにとって極めて大きなメリットとなります。
編集部まとめ
今回は、親知らずと歯並びや口腔内環境の関係、親知らずを抜歯するべきかの判断基準について解説しました。親知らずは生え方が悪いと、全体の歯並び・噛み合わせを悪くすることがあります。歯磨きしにくいことで、むし歯や歯周病のリスクが高くなる点にも注意が必要です。
そんな親知らずは、むし歯や歯周病が進行している、手前の歯を圧迫している、嚢胞ができている、といったケースで抜歯が必要となります。逆に、大きな問題が生じていなければ、わざわざ抜歯をする必要はありません。自分の親知らずがどのような状態にあるのか気になる人は、歯医者に見てもらいましょう。
参考文献