顎を動かすたびにパキパキ・ミシミシと音が鳴るのは顎関節症の可能性が高いでしょう。
顎関節症は、悪化すると口の動きが大きく制限されて、会話や食事も困難になるため深く悩む患者さんが少なくありません。
顎の音が鳴るのは顎関節症の症状のひとつですが、音が鳴るだけで痛みや開口障害がない場合には過度な心配は不要です。
気になる症状は早期に受診するのが無難ですが、顎関節症はストレスの影響も大きいため悩み過ぎも問題となります。
顎の音はありふれた症状であるため、まずは落ち着いて正確な情報をもとに行動しましょう。
この記事では顎の音がなる場合に知っておくべき、以下の内容を解説します。
- 顎関節症で顎の音が鳴る原因
- 顎関節症以外で顎の音が鳴る原因
- 顎関節症の診断とセルフチェック方法
顎関節症で音が鳴る原因
お口を開け閉めする際に音が鳴るのは、顎関節症の代表的な症状です。
下顎の骨と頭蓋骨の間には関節円板という組織があり、骨同士が接触しないようにクッションの役割をしています。
この関節円板が何らかの理由で正しい位置からずれてしまうと、動くたびに摩擦や衝撃で音がするようになります。
顎の関節は耳の穴の前にあり、顎関節で発生した音は耳に響くため、わずかな音でも気になってしまう患者さんは少なくありません。
関節円板がずれる原因はさまざまな要因の組み合わせによるもので、1つの原因だけで顎関節症となることは稀です。
顎関節症のリスクが高まるのは、主に以下の要因があります。
- 噛み合わせの悪さ
- 歯ぎしり・食いしばり癖・TCH
- 慢性的なストレス
- 片側だけで噛む癖
- 歯が生えた後の指しゃぶり癖
- 舌で歯を押す癖
TCHとはTooth Contacting Habitの略で、日本では上下歯列接触癖と呼ばれる無意識の癖です。
お口を閉じているときは上下の歯がわずかに離れているのが正常ですが、常に上下の歯を噛みしめている癖は歯と顎に大きな負担がかかります。
このような習慣によって顎に疲労が蓄積し、関節円板のずれや顎関節の炎症が起こると考えられています。
平成28年の厚生労働省歯科疾患実態調査によると、お口を大きく開け閉めしたときに顎の音がある人は男性で約15%・女性で約17%であり、ありふれた症状といえるでしょう。
顎の音が鳴るのは顎関節症の症状のひとつですが、顎の痛みや口が開かないなどの症状がない場合は、音が鳴るだけならただちに治療の必要はありません。
関節円板が少しずれているだけで痛みや開口障害などを生じていない場合は有効な治療方法がなく、一時的によくなっても再発が少なくないため、無理に治療しないことがほとんどです。
顎関節症ではどのような音が鳴る?
顎関節症で顎の音が鳴る場合、音の種類は大きく以下の2つに分けられます。
- クリック音(ポキポキ・カクっと鳴る音)
- クレピタス音(ジャリジャリ・ミシミシと鳴る音)
クリック音は顎が動くたびにパキパキと短く鳴る音で、カクっという顎の引っかかり感を伴うことも少なくありません。
指の関節をポキポキと鳴らすときの音に近く、お口を開けるときにだけ鳴る場合と、開け閉めのどちらでも鳴る場合があります。
関節円板が本来ある位置よりも前方にずれており、顎が動くたびに骨が関節円板に乗り上げる形となって、骨との引っかかりによって生じる音です。
クレピタス音はジャリジャリと擦れるように鳴る音で、顎をゆっくり動かすと音の鳴り方もゆっくりになります。
関節円板のずれが大きくなり、顎の骨と頭蓋骨が接触して骨同士がこすれて生じる音です。
クレピタス音がする場合は、顎の骨が変形している変形性顎関節症が疑われ、高齢者を主とする疾患ですが若い患者さんも少なくありません。
顎関節症以外で顎の音が鳴る原因
顎を動かしたときに音が鳴る場合は、第一に顎関節症が疑われますが、ほかの疾患である場合もあります。
顎関節症の診断ではレントゲンやMRIなどの画像診断が行われ、顎関節症以外との鑑別が必要です。
顎関節症以外に、顎の音が鳴る原因として考えられる可能性を解説します。
親知らずの炎症
親知らずはお口の一番奥にある歯で、ほかの永久歯より遅れて生えてくるため生え方がいびつになるケースが少なくありません。
傾いたり横向きになったりした親知らずが歯肉や骨に炎症を起こし、顎の動きにまで影響を与えることがあります。
特に下の親知らずは下顎神経という太い神経に近く、抜歯の際に神経を刺激する可能性もあるので注意が必要です。
親知らずの炎症は強い痛みを伴うため、奥歯の痛みとともに顎の音がする場合は、まずは親知らずの治療を優先しましょう。
顎の筋肉や神経の炎症
顎の筋肉や神経の炎症も顎関節症の症状の1つですが、関節と筋肉では治療方法が異なるため鑑別は重要です。
患者さんの自覚症状では、顎の関節が痛いのか顎の筋肉が痛いのかはほとんど区別がつかず、どちらも顎関節症として診断されます。
顎を動かす筋肉や神経に異常が起こると、顎を正しく動かせなくなり、関節円板のずれを生じて音が鳴る場合があります。
脳腫瘍・脳内出血などの脳疾患
顎の動きがおかしくなることは、脳腫瘍や脳疾患のサインである可能性もあります。
顎を動かす下顎神経は脳までつながっており、脳の病気によって下顎神経が傷害されて顎がうまく動かなくなることは少なくありません。
脳の病気であるパーキンソン病によって、顎関節が脱臼しやすくなるといわれていますするのはよく見られる症例ですしやすくなるといわれています。
脳出血や頭蓋顔面に生じる腫瘍が下顎神経を障害脳腫瘍が下顎神経を障害頭蓋顔面に生じる腫瘍が下顎神経を障害するしているする可能性もあります。、ます。音が鳴るだけでなく、顎が思いどおりに動かなくなったり、ろれつが回らなくなった場合は他の病気との鑑別を兼ねてかかりつけの医師や他の病気との鑑別を兼ねてかかりつけの医師や口腔外科で受診するようにしてください。
むし歯・歯周病などの口腔内の病気
むし歯や歯周病などが進行すると、顎の骨にまで病気が広がることがあります。
細菌が骨に侵入して炎症を起こすことを骨髄炎といい、特に下顎は血流が少ないために感染に弱く、むし歯や歯周病の原因菌による顎骨骨髄炎が少なくありません。
骨髄のなかで炎症が起こると顎が腫れてうまく動かなくなり、顎関節が腫れた場合は関節円板との接触で音が鳴ることもあります。
歯周病は自覚症状がほとんどなく、むし歯も神経が壊死した場合は痛みを感じにくいため、顎まで進行した症状でも気が付かない場合もあるでしょう。
むし歯や歯周病の原因菌が骨まで侵入した場合は、抗生物質による治療のほか、骨を切開して患部を切除する手術が必要です。
顎関節症の診断方法
顎の音が鳴る場合は顎関節症が疑われ、主に以下の方法で診断していきます。
- 開口検査
- 医師による触診
- MRIやCTによる画像診断
顎の機能が正常であれば、開口幅は40mm以上あり、自力での開口と強制的な開口でほとんど差がありません。
顎の音が鳴るのに加えて、お口が40mm以上開かない場合は顎関節症の可能性が高いでしょう。
自力開口と強制開口で差がない場合は関節円板のずれによってロックがかかっており、自力開口と強制開口で大きな差がある場合は顎を動かす筋肉や神経の問題であると考えられます。
医師による触診では、医師が患者さんの顎関節や頬の咀嚼筋を触りながらお口を動かしてもらい、異常がないかを調べていきます。
お口を開けたり閉めたり、下顎を前に突き出したりしてもらい、痛みや音が生じる条件を特定する検査です。
開口検査や触診に加えて、レントゲン・CT・MRIなどによる画像診断も重要になります。
顎関節症の確定診断をするには、関節の状態を詳細に確認し、顎関節症以外の可能性を排除しなくてはいけません。
顎関節症の診断は、以下の3つの症状のうち1つ以上があり、顎関節症以外の病気がないことが基準となります。
- 顎の音が鳴る
- 顎を動かすと痛む
- 口が大きく開かない
顎関節症と診断されて治療が必要な場合は、痛みを緩和する消炎鎮痛薬や筋弛緩薬による薬物療法のほか、患者さん自身によるセルフケアが指導されます。
顎関節症のセルフチェック方法
最終的な病気の診断は医師が行いますが、顎関節症は自覚症状が強いためセルフチェックも可能です。
顎関節症は放置すると悪化して顎の骨が変形したり、歯並びが乱れたりすることもあるので、早めに医師に相談してください。
顎の音が鳴るだけでなく、以下のような症状があれば顎関節症の疑いが強くなります。
顎を動かすと痛みがある
お口を大きく開けると強い痛みが生じたり、食べ物を噛むときに顎が痛くなるのは顎関節症の典型的な症状です。
関節円板のずれによって顎関節に炎症が起こり、動かすたびに神経が圧迫されて痛みを生じます。
顎の痛みは自然治癒する場合もあるため、痛いときには顎を大きく動かさず、固いものを噛まないように注意しましょう。
顎関節症は歯ぎしり・TCH・舌癖などの習慣が原因となる場合も多く、患者さん自身が主体的に改善しないと根本的には治りません。
顎関節症の治療は痛みの緩和・保存療法が基本となるため、普段から症状が出る行動を知っておいて避けることが治療の第一歩です。
口が開けにくい
お口が一定以上に開かなくなってしまうことで、顎関節症に気が付く患者さんは少なくありません。
正常であれば、お口は人差し指・中指・薬指を3本縦に並べて入ります。このときの開口幅が約40mmであるため、病院でも用いられる検査方法です。
人によって指の太さは違いますが、手が大きい人はお口も大きいため、指が3本入るかは大半の人が使えるセルフチェック方法です。
手を使わずに自力で開けられるか、手を使わないと開けられないかによっても、疾患の原因が区別できます。
手でも開けられない場合は関節のロックで、手を使えば開けられるなら筋肉や神経の問題でしょう。
お口を無理に開けると症状が悪化する可能性があるため、決して無理はせずに痛みが少ない範囲で行ってください。
口を開けたとき上下の顎が曲がっている
顎関節症の症状は左右対称に出ることは少ないため、左右で動きが異なる場合があります。
お口を開けたときにまっすぐ開かず、顎が左右どちらかに曲がっているのが目に見える症状です。
食事の際に片方の歯だけで噛む癖が付いていると、このような左右差の原因となりやすいと考えられています。
慢性的になると骨の変形や歯並びの乱れにつながり、筋肉の左右バランスが乱れるため肩こりや首の痛みを生じることも少なくありません。
歯並びが横方向に乱れることを偏差咬合といい、骨まで変形した場合は顎の骨を切って位置を調整する手術が必要となるため、咀嚼の左右差には注意しましょう。
耳の前・こめかみ・頬に痛みがある
顎関節は耳の穴の前にあり、お口を開くと大きくくぼむため、患者さん自身でも認識しやすい部位です。
顎を動かしたときに耳の前の関節だけでなく、筋肉の炎症によってこめかみや頬にも痛みが生じる場合があります。
顎を動かす筋肉は目の下から頬を通って顎の下につながっている咬筋と、側頭部からこめかみを通って耳の前につながっている側頭筋があり、どちらも大変強い筋肉です。
筋肉は酷使されると炎症を起こして痛みを生じますが、ほとんどの場合は安静にしていれば治まるでしょう。
硬いものを食べると顎に痛みがある
硬いものを食べるときには顎に強い力がかかり、関節円板がずれて痛みを生じることがあります。
顎関節症は歯ぎしり癖や噛み合わせの悪さによって顎への負担が蓄積し、硬いものを食べたりお口を大きく開いたことを契機に発症する場合が少なくありません。
関節円板のずれが少なければ音が鳴るだけで痛みはありませんが、硬いものを噛むなど強い力がかかったときにだけ痛みが生じます。
これを繰り返していると関節円板のずれが大きくなり、症状が悪化していく場合もあるため、痛い側では強く噛まない方がよいでしょう。
しかし片側だけで噛んでいると筋力バランスの左右差によって顎関節症を悪化させるため、どちらにしても早めに治療を受けた方が無難です。
まとめ
顎関節症によって顎の音が鳴る原因やセルフチェック方法について解説してきました。
顎の音が鳴るのは顎関節症の典型的な症状ですが、顎の音が鳴るだけで痛みや開口障害がない場合にはすぐ治療する必要はありません。
関節円板のずれによって音が鳴ることはありふれた症状で、大がかりな治療によるリスクの方が上回るでしょう。
パキパキというクリック音を訴える患者さんで、2年で自然消失するのは29.4%・5年では21.4%という報告もあります。
また、クリック音を放置して顎の痛みに進行する確率は2年で17.6%に留まっており、放置しても大きなリスクではありません。
顎の音は耳に響くため煩わしいですが、ほかの症状がなければ心配しなくても大丈夫です。
ただし、どうしても音が気になって気が滅入ったり、顎が痛くなったりした場合には遠慮なく口腔外科の医師にご相談ください。
参考文献