一生のうちに一度、およそ2人に1人は何かしらの顎関節症の症状を経験すると言われています。
その原因は多岐にわたりますが、なかでもよく見られるのは、患者さん自身が無意識にとっている顎関節や筋肉に負荷をかける行動です。
では、顎関節症はどのような原因によって起こるのでしょうか。また、顎関節症を予防するための対処法にはどのようなものがあるのでしょうか。
今回は、頬杖と顎関節症の関係・顎関節症の原因・症状・治療法・顎関節症を起こさない対処法について解説します。
頬杖が癖でついやってしまうという方や顎関節症の症状はまだ出ていないという方も、頬杖のリスクや顎関節症の予防行動について解説しているので、参考にしてみてください。
頬杖と顎関節症の関係は?
下顎骨へのメカニカルストレスは、骨の形態に変化を起こし、顎関節症を引き起こす原因になると言われています。
メカニカルストレスとは機械的ストレスとも呼ばれ、身体内の細胞・組織に負荷をかける物理的・力学的な刺激のことを指します。
頬杖は顎関節におけるメカニカルストレスの一つです。
頬杖はつく部位や方向によって、さまざまな部位への圧力をかけます。
そのため、頬杖自体が顎関節症の誘引であることはもちろん、片側のみに頬杖をつくなどの不均衡な圧力は、下顎骨や関節部への非対称な変形を引き起こす原因になりかねません。
顎関節症の原因
顎関節症の原因は、さまざまあるうちのどれか一つとは言い切れません。これは顎関節症は多因子疾患のため、いくつかの原因が重なることで症状が発生することが少なくないためです。
しかしなかでも一般的な原因といわれているのは、パラファンクションと呼ばれるいくつかの行動です。
パラファンクションとは、歯ぎしりや食いしばりなど関節・筋の非生理的運動を指します。
これらの行動は、精神的なストレスが原因で起こることが少なくありません。
食いしばり
食いしばりとは、上下の歯に強い力を込めて噛み締めるタイプの歯ぎしりです。クレンチングと呼ばれることもあります。
歯や顎に対しては、とても大きな力がかかりますが、音はほとんど出ないのが特徴です。食いしばりは日中・夜間のどちらにもみられる行動です。
仕事中や運動など、緊張した状態やストレスがかかる状態のときによくみられます。また睡眠中に食いしばりを行っている人の場合は、朝起きたときに以下のような症状がみられることがあります。
- 歯が浮いたような感じがする
- あくびをしようとすると、こわばりがある
- 朝起きると疲れている
食いしばりは、自分の体重程もある力が歯や顎にかかります。そのため顎関節症はもちろん、歯のすり減りや詰め物が取れるなどのトラブルや歯周病の悪化などさまざまな症状の原因になる可能性があります。
歯ぎしり
歯ぎしりとは、上下の歯が非機能的に接触している状態です。本来であればお口を閉じていても、上下の歯は接触していない状態にあるのが正常です。
しかし、顎関節症の患者さんでは、お口を閉じているときに上下の歯が接触している癖を持っていることが少なくありません。
この癖は、想像以上に顎関節や周囲の筋肉へと持続的な負担をかけます。そのため、この癖によって顎関節症が引き起こされる可能性が高くなります。
歯ぎしりの癖を止めるために、医療機関での指導を受けることがありますが、これは生活のなかで行うことのできる治療です。
しかし、この癖が治ることで、顎関節症の症状が改善することも少なくありません。そのため、歯ぎしりは積極的に解消すべき原因の一つであるといえます。
噛み合わせ異常
噛み合わせに異常があると噛む力の均衡が取れないため、顎は必要以上の力を要します。そのため余計な負担がかかり、結果として蓄積した負荷は顎関節症の原因になります。
噛み合わせ不良は、さまざまな症状を引き起こすことのある行動です。
歯磨きがしにくく歯石や歯垢が溜まりやすいためむし歯や歯周病が発生しやすくなるほか、しっかり噛めないことは胃腸の消化にも負担をかけます。
これらは顎関節症と合わせて、噛み合わせの調整で症状の改善が見込める場合があります。
精神的緊張感とストレス
精神的緊張感やストレスがかかると、無意識のうちに歯の食いしばりをしてしまうことは少なくありません。
歯ぎしりや食いしばりなどの行動は、過剰な力がかかるため顎が大きなダメージを負います。
このような精神的緊張感やストレスを受ける機会が増えるのは、顎へのダメージを増す原因となりかねません。
ストレスを受ける機会を減らすことは、顎関節症の治療および発症の予防へとつながります。
顎関節症の症状
顎関節症の主な症状は、顎関節の動きに伴う痛みや音の発生・お口の動きの制限・顎関節周辺の違和感です。
食事のときの噛む動きで痛みが発生することもあります。しかし顎関節症だからといって、これらの症状すべてが起こるわけではありません。
しかし、重い症状が見られる場合には、放置すると顎関節症の症状が進行してしまうことがあります。
そのため、気になる症状がいずれかある場合には、医療機関への受診がおすすめです。
また顎関節症が原因で、顎の周辺だけではなく、その他の部位にさまざまな症状が起こることがあります。以下は顎関節症で見られる副症状の一例です。
- めまい・耳鳴り・耳閉感・難聴
- 頭痛・目の疲れ・充血・流涙
- 首・肩・背中・腰または全身の痛み
- 鼻閉感
- 噛み合わせが合わない
- 顎が不安定に感じる
- 歯痛・舌痛・味覚異常・口渇感・飲み込みにくい
- 呼吸困難感
- 四肢のしびれ
顎関節症は、さまざまな原因によって骨だけでなく筋肉・関節の靭帯・関節円盤といった組織へも負荷をかける病気です。そのため顎が開け閉めしづらかったり、痛みや音がなったりと周囲の組織や全身に影響を及ぼすこともあります。
顎を動かすと音がする
顎関節の内側にある関節円板という部分にずれが生じている場合には、顎を動かしたときに音がすることがあります。
また、その他にも大きく開口したときに、ガクンという音が聞こえる場合もあります。これは関節の前にある突起部分を乗り越えたときに生じる音です。
開口時痛みがある
顎関節症では、大きく分けると2つの部位で痛みを生じます。そのうち一つは顎関節です。顎関節の痛みは、顎関節の周辺に炎症が生じると発生します。
痛みを生じるもう一つの部位は、咀嚼筋です。咀嚼筋は、局所・中枢の問題が関係して発生する筋膜痛や筋の痛みから生じることがほとんどといわれています。
しかし顎関節症の方に起こる痛みは、顎関節や咀嚼筋の障害によるものとは言い切れず、その原因が説明できないこともあります。
顎関節症に限らず、痛みを引き起こす問題はさまざまです。痛みは侵害受容性・神経障害性・心因性・その後か原因の不明な突発性などによって起こるとされています。
心理的・社会的なストレスによって痛みが発生していることもあるため、強い痛みが生じているときには医療機関を受診しましょう。
顎が閉じない
顎関節症で顎が閉じなくなっている場合には、関節内の組織のずれが原因の一つと考えられます。しかし急に顎が閉じなくなる病気は、顎関節症だけではありません。
そしてそのほとんどは、顎がはずれた状態です。このような症状の原因は自己判断せず、医療機関で診断を受けて適切な方法による症状の改善を図ることが重要です。
頬杖から顎関節症を起こさないための対処法
顎関節症は、さまざまな原因によって起こる病気です。しかしそのほとんどが、日頃の生活習慣のなかで無意識に行う癖や行動であることが少なくありません。
ここでは顎関節症を起こさないための対処法を紹介します。ぜひ参考にしてみてください。
適度なストレス解消
精神的緊張感やストレスは、食いしばりや噛みしめを引き起こす顎関節症の原因の一つです。
顎関節症を起こしやすい人の特徴には、緊張する作業が続く仕事をする人や精密作業をする人など持続的な緊張感を感じやすい人があげられます。
このようなストレスを感じたときには、適度に解消することが大切です。以下にストレス発散方法の一例を紹介します。
- 運動する
- 抱えている気持ちを書き出してみる
- 繰り返し腹式呼吸をする
- 自分ができていることに目を向ける
- 自分を褒める
- 好きな音楽を聴く
- 歌を歌う
- 失敗したときに笑ってみる
心と体の両方を自分自身でいたわるセルフケアは、顎関節症だけでなく、あらゆる人にメリットをもたらします。
ストレスに気がついたときは、その日の気分や体調に合わせて自分に合ったストレス発散方法を行ってみてください。
ストレッチ
顎関節症では、すべての痛みがこの原因によるものではありませんが、顎関節周囲の筋肉が緊張するために痛みを生じることがあります。
ここでは、お口とその周囲の筋肉の緊張をほぐすストレッチを紹介します。このストレッチは、入浴中やお風呂上がりなどの筋肉が温まっているタイミングで行うのがおすすめです。
顔は斜め上を向き、そのままの姿勢でお口を大きく開きます。開いたお口の両側を両手で支えて、大きく5〜10回程お口の開け閉めを繰り返します。
このストレッチを朝晩に1日2回程行うことで、筋肉の血流をよくする効果を期待できます。
しかしこれは、顎関節症の原因のなかでも顎関節周囲の筋肉のダメージを和らげる方法です。
顎関節の軟骨・靭帯・関節包などが痛むことで起こる顎関節症には、このストレッチは不向きです。あくまでも原因の一つを予防するための方法として生活に取り入れましょう。
無意識にしている習慣の見直し
顎関節症は、日頃無意識に行っている癖や行動が原因になってることが少なくありません。
そのため、普段から無意識にしている習慣の見直しが、顎関節症の予防に大きく影響します。
顎関節症を起こさないための予防行動は、以下のとおりです。
- 硬い食品の摂取を避けて、顎への負荷を減らす
- 長い時間咀嚼し続けるガムなどの食品の摂取を避ける
- 頬杖をつかない
- 上下の歯が接触していないか気をつけ、接触に気付いたら歯を離す
- 歯を食いしばるような強いストレス習慣を見直す
これらの習慣は無意識に行ってしまうことが少なくありませんが、顎関節や咀嚼筋へ負担をかける行動です。
習慣の見直しをすることによって、顎関節症の予防を行いましょう。
顎関節症で行われる治療
顎関節症の治療は、医療機関で行うものと患者さん自身が生活のなかで行うものとに分けられます。
顎関節症の治療においては、患者さん自身のセルフケアがとても重要です。
ここでは、各関節症の一般的な治療として、スプリント治療・開口訓練・行動療法の3つの治療法を説明します。
スプリント(マウスピース)治療
一般的な顎関節症の治療の一つに、スプリント療法があります。
これはマウスピースを上顎または下顎の歯に被せて着用する治療法です。スプリント療法では、夜間にマウスピースを着用します。
これによって睡眠中の無意識な噛みしめを予防し、顎関節や筋肉の負担軽減を図ります。
開口訓練
開口訓練は、医療機関での指導のもと、患者さん自身が行う治療法です。具体的には、1日に数回自身で手を使ってストレッチのように開口します。
このとき、過度に力を入れて開口する必要はありません。開口訓練とは、主に上下の開口運動を指します。
しかしそれに加えて、歯ぎしりをするように下顎を前後左右に動かす偏心運動を加えてもよいとされています。
これらを行うときの注意点は、開口訓練によって痛みが強くなる場合には中止して医療機関へ相談する必要があることです。
また、ほかの治療法と開口訓練を併用することも少なくありません。
行動療法
顎関節症の原因としてよく見られる食いしばりや歯ぎしりは、無意識のうちにとってしまう習慣的な行動です。
行動療法では、これらの習慣を自覚して、それを取り除くように行動します。このような習慣は、無意識のうちに行っていることが少なくありません。
そのため、問題行動自体を自分自身で見つけることは難しいとされています。
しかし、このような問題行動を自覚することができたり、歯科医師からの指摘によって気付くことができれば、行動是正へとつなげることができます。
そして問題行動の是正は、症状の改善にも大きく影響すると考えられています。
頬杖をつかないようにするためには
歯並びや噛み合わせに悪い影響を及ぼすさまざまな癖や習慣を態癖といいます。頬杖は、うつぶせ寝・爪噛み・横向き寝などと同じく、態癖の一つです。
これらの習慣には、治すための共通の方法があります。それは行動を自覚することです。
その行動をとっていることを、自分自身が気がつくことで、意識して止めることができるようになります。
人間の頭は、子どもであっても1kg以上の重さがあります。頬杖によって、その重さは顎に負荷をかけています。
些細な癖が、積み重なって大きな症状を引き起こすことへとつながりかねません。まずは、頬杖をつかないように自覚することから始めましょう。
まとめ
頬杖は、顎関節におけるメカニカルストレスの一つであり、顎関節症の要因となりえます。
また頬杖をつく部位や方向によって、圧力がかかる部位も異なるため、その向きによっては左右非対称な変形を起こす可能性もあります。
顎関節症は、食いしばりや歯ぎしりなどの癖や習慣が原因で起こることがほとんどです。
そのため、頬杖や食いしばりの習慣を自覚して見直すことや、食いしばりの起こりやすいストレスを発散することも、顎関節症の予防に有効です。
しかし開口できなかったり痛みを伴ったりという症状がすでに現れている場合には、無理をせず、医療機関で相談しましょう。
参考文献