悪性腫瘍であるがんは、全身の臓器や器官に発生します。口腔も例外ではありません。口腔に発生する悪性腫瘍を口腔がんと呼び、さまざまな症状が現れます。近年、がん治療の方法も確立されているため、口腔がんに罹患しても早期発見できれば治療は可能です。
この記事では、口腔がんの種類や特徴、治療後のケアのポイントなどを詳しく解説します。お口に見られる症状が口腔がんなのではないかと不安に感じている方、あるいは口腔がんと診断されて、これから治療に臨まれる方はこのコラムを参考にしてみてください。
口腔がんとは
口腔がんは、口腔内のなかにできるがんの総称です。罹患率は1%程度にとどまるため、頻繁に見られる病気ではありませんが、日本国内では上昇傾向にあるといわれています。
口腔がんの原因
口腔がんになる主な原因は、以下の5つがあげられます。
【原因1】喫煙習慣
口腔がんにおける危険な因子の代表は喫煙習慣です。
タバコの煙には、たくさんの発がん性物質が含まれており、口腔粘膜に、がんが発生しやすくなります。タバコを1日1箱以上吸う人は、まったく吸わない人と比べて口腔がんの罹患リスクが5.2倍にまで上昇するといわれています。
(引用:多目的コホート研究JPHC Study|国立がん研究センター)
口腔がんの8割は喫煙と関係しているとも考えられています。さらに、喫煙には唾液の分泌を減少させる、歯周組織の血流を悪くする、歯の着色を促すなど、さまざまな悪影響があります。
【原因2】飲酒習慣
飲酒も口腔がんの主な危険因子となっています。 毎日平均で2合以上飲む人は、お酒をまったく飲まない人と比べると口腔がんの罹患リスクが3.8倍程度に上昇するといわれています。 タバコよりは低くはなっていますが、罹患リスクを高める習慣なので、毎日お酒を飲んでいる方は理解しておくとよいでしょう。飲酒習慣は口腔のみならず、咽頭、喉頭、食道、肝臓、大腸のがんのリスクも増大させます。
【原因3】不衛生な口内環境
口腔ケアが不十分で、歯垢や歯石、舌苔などが堆積している状態は、口腔がんの罹患リスクを高めるとされています。
治療を受けずに放置しているむし歯や歯周病、重度のドライマウスなども口腔がんの誘因となるため注意しましょう。
【原因4】口腔粘膜への慢性的な刺激
口腔粘膜への慢性的な刺激も、口腔がんのリスクを高めます。
適合していない入れ歯は、義歯床の辺縁などが口腔粘膜に刺激を与えます。結果として、口腔粘膜の慢性的な炎症に悩まされたり、義歯性口内炎などを発症したりすることも珍しくありません。
これらの病変が必ず口腔がんへと進展するわけではありませんが、罹患リスクが高まることは知っておきましょう。
【原因5】親からの遺伝
口腔がんでは稀ですが、親からの遺伝も原因になっていることがあります。
一般的ながんは、親からの遺伝によって罹患リスクを高めるとされていますが、口腔がんは主に後天的な要因によって罹患します。ただし、口腔がんの発症に遺伝的要因が絡むケースも存在しているので、両親や親せきに同様の症状が見られないかも確認しましょう。
口腔がんの発生しやすい部位
口腔がんは、口腔内のどこの粘膜にでも発生します。特に、発生しやすいのは以下の部位で、名称も異なってきます。
- 舌がん
- 歯肉がん
- 口腔底がん(こうくうていがん)
- 硬口蓋がん(こうこうがいがん)
- 頬粘膜がん(きょうねんまくがん)
- 口唇がん(こうしんがん)
頻度が高いのが舌がんで、全体の54.2%を占めます。 ほかの部位は約10%以下であることから、舌がんの罹患リスクが高いことがわかります。男性と女性の比率は3:2、年齢では60~70歳代に発生しやすいです。 喫煙習慣や飲酒習慣のある高齢の男性は注意すべきでしょう。
口腔がんの主な症状
口腔がんでは、以下のような症状が現れます。
- 2週間以上自然治癒しない口内炎がある
- 口内炎を同じ部位で繰り返し発症している
- 口腔粘膜が白く変色している部位がある
- 舌や歯茎、頬粘膜が赤くただれている
- 舌の表面にしこりがある
- 歯茎に重度の腫れや出血が認められる
- 歯がグラグラしている
口腔がんは、粘膜に目視で確認できる症状が現れますが、通常の口内炎や歯周病などと区別するのはなかなか難しいです。
口腔がんが進行すると、強い痛みが現れたり、舌を動かしにくくなったりする症状も認められますが、それまでにはかなりの期間を要するため、可能な限り初期の段階で診断を受けたいところです。口腔がんが末期にいたってからでは、治療する方法も限定されてしまうからです。
口腔がんの治療方法の種類と治療方法の選び方
口腔がんの治療方法は、発生した部位やがんの種類、大きさなどによって変わります。
一般的には、外科治療、放射線治療、化学療法のいずれか、あるいは複数を組み合わせて治療を進めていきます。
◎口腔がんのステージ分類
口腔がんの進行は、以下のステージ分類が一般的です。
- ステージ0・Ⅰ・Ⅱは早期がん
- ステージⅢ・ⅣA・ⅣBは局所進行がん
- ステージⅣCは遠隔転移を伴う進行がん
標準治療は、原発巣切除術(げんぱつそうせつじょじゅつ)と頸部郭清術(けいぶかくせいじゅつ)による外科手術で、必要に応じて放射線治療と化学療法を併用します。
口腔がんの外科的治療
口腔がんにおける外科治療を解説します。具体的な手法は、原発巣切除術頸部郭清術、再建手術の3つが挙げられます。
原発巣切除術
原発巣切除術とは、悪性腫瘍がある部分(原発巣)を外科的に切除する方法です。
口腔がんでは、ステージ0からステージⅣBまでは、原発巣切除術が標準治療となっています。転移を防ぐために、周囲の正常な組織もある程度取り除くのが一般的です。
悪性腫瘍が骨にまで広がっている場合は、骨組織も含めて切除します。以下に、口腔がんの外科手術における切除範囲を紹介します。
【舌の切除】
- 舌部分切除術:舌可動部の半分以下の範囲を切除する
- 舌可動部半側切除術:舌可動部の半分を切除する
- 舌半側切除術:舌根部をも含めた半分を切除する
- 舌可動部全摘出術:舌可動部の半側をこえた切除もしくはすべてを切除する
- 舌全摘出術:舌根部をも含めた半側以上の切除あるいは全部の切除
【下顎の切除】
- 下顎辺縁切除術:下顎骨下縁側を保存し下顎骨体を離断しない部分切除
- 下顎区域切除術:下顎骨の一部を節状に切除し下顎体が部分的に切除
- 下顎半側切除術:ほぼ正面から半側の下顎の切除を行う
- 下顎亜全摘術:下顎骨の半側をこえる切除で全摘に近い
頸部郭清術
口腔がんで周囲のリンパ節に転移が認められたり、転移する可能性が高かったりする場合に適応される外科手術です。
原発巣の周りのリンパ節やそれに付随する組織を外科的に切除します。口腔がんの進行度に応じて、保存できる血管や神経、筋肉が変わってきます。
再建手術
再建手術とは、口腔がんの外科手術で欠損した組織を補うための治療です。 患者さんの体から骨や血管、神経などを採取して欠損部へと移植します。再建手術では、金属などの人工材料を使用することも多々あります。再建手術を行うことで、口腔がん治療で失われた機能や審美性を回復することが可能となります。
口腔がんの放射線治療
原発巣切除術や頸部郭清術を行ったとしても、すべての病変を取り切れるとは限りません。頸部リンパ節に転移が見られるケースでは、外科治療だけで根治させるのは難しいことから、術後に放射線治療と化学療法を組み合わせた治療を行うことが一般的です。
放射線治療とは
放射線治療とは、放射線を用いてがん細胞を死滅させる方法です。一般的には患部に管を挿入して放射線を照射する小線源治療が適応されます。
口腔がんにおける放射線治療は、外科治療より侵襲は大きくないものの、いくつかの副作用が伴ってしまいます。
放射線治療による早期副作用
放射線治療を行っている期間中や治療後数ヵ月以内に生じる症状を早期副作用といいます。早期副作用のなかには以下のようなものが挙げられます。
- 唾液分泌量の低下
- 口腔乾燥(ドライマウス)
- 味覚障害
- 口腔粘膜炎
- 舌運動機能の低下
- 皮膚の炎症
- 嗄声(声のかすれ)
- 嚥下障害
- 咳嗽
放射線治療の早期副作用として、これらのすべてが必ず現れるわけではありません。患者さんの体質や口腔がんの重症度、治療後の生活によって出現する副作用にも違いがあります。
放射線治療による晩期副作用
晩期副作用とは、放射線治療後、数ヵ月経過してから見られる症状です。口腔がんの放射線治療後の晩期副作用としては、以下の症状が挙げられます。
- 唾液分泌低下による歯周病、むし歯の増加
- 開口障害(口を大きく開けられない)
- 構音障害
- 顎骨壊死
- 顎骨骨髄炎
- 二次発がん
口腔がんの放射線治療による晩期副作用は、早期副作用よりも重篤なものばかりなので十分な注意が必要といえます。
口腔がんの化学療法
口腔がんにおける化学療法とは、薬物を使って治療する方法です。ここでは化学療法の目的と放射線治療との複合療法について解説します。
化学療法の目的
口腔がんにおける化学療法の主な目的は、がんの縮小や進行の遅延、再発の防止です。
代表的な抗がん剤であるシスプラチンを使って、がん細胞の代謝を妨げます。シスプラチンががん細胞のDNAと結合することで細胞分裂が阻害され、やがては死滅していきます。
放射線治療との複合療法
口腔がんにおける化学療法は、放射線治療と併用されることが一般的です。 化学放射線治療と呼ばれるもので、重症度が高く、外科治療が難しいケースに適応されやすいです。化学放射線治療では、シスプラチンに加えて、免疫チェックポイント阻害薬、分子標的薬、プラチナ製剤、タキサン系抗がん剤、フッ化ピリミジン系代謝拮抗薬などが用いられます。
これらと放射線治療を並行して実施することで、がんの縮小や進行の遅延が期待でき、延命が可能となります。
口腔がん治療後のケアのポイント
口腔がんの治療を受けた後のケアについて解説します。口腔がん治療は心身への負担が大きく、それを乗り切るだけでも大変なことですが、治療後も適切なケアを行うことで、生活ひいては人生のQOLを高めることが可能となります。
手術後のリハビリテーション
口腔がんの治療後には、
- 言葉を明瞭に話せなくなる構音障害
- 飲食がしにくくなる摂食嚥下障害
これらの障害が現れやすくなっています。
舌を外科的に切除する治療を受けた場合は、これらの障害が強くなる傾向です。いずれも生きていくうえで欠かすことのできないものであるため、機能障害が認められた場合は、適切なリハビリテーションを行うのが望ましいです。 現在では、口腔がん治療後の発声や摂食、嚥下に関するリハビリテーション法が確立されていますので、専門家の指導を受けながら弱まった機能を回復していきましょう。
再発予防の生活習慣の改善
口腔がんは、再発するリスクがあります。そのため、口腔がん治療が終わった後は、口腔がんの危険因子となる生活習慣は改善するよう努める必要があります。
特に喫煙習慣の改善は必要です。タバコを吸っている限り、がんの再発リスクは高まります。咽頭がんや喉頭がん、肺がんの罹患リスクも高まることから、口腔がん治療後には原則として禁煙を徹底しなければなりません。
飲酒や口腔衛生不良も口腔がんの再発リスクを高めるため、治療後の生活習慣には配慮しましょう。適合性の悪い入れ歯を使っている場合は、適切な調整を加えたり、適合のよいものに作り変えたりしましょう。ストレスや疲れ、睡眠不足なども健康に悪いので、規則正しい生活を心がけることが大切です。
まとめ
今回は、口腔がんの特徴や種類、術後ケアのポイントについて解説しました。口腔内に発生する悪性腫瘍の総称を口腔がんと呼び、そのなかには舌がんや歯肉がん、頬粘膜がんなどが含まれます。がん全体ではわずか1%程度にとどまる口腔がんですが、発症するとしゃべる、食べる、飲み込む機能などに大きな障害が現れ、遠隔転移のリスクも伴うことから、早期に治療を開始するのが望ましいです。
口腔がんでは、原発巣切除術が標準治療となっており、患者さんの体の状態やがんの進行度に応じて、放射線治療や化学療法を組み合わせます。治療後もいくつかの副作用が現れるため、リハビリテーションもしっかり行うことが重要です。
参考文献