顎に強い衝撃を受けた際に普段とは違う痛みや腫れ、しびれなどが生じた場合は、下顎骨が折れているかもしれません。下顎骨の骨折を放置することはとても危険なため、少しでも異常を感じたら、口腔外科などの専門の医療機関を受診する必要があります。
この記事では、下顎骨を骨折した場合に口腔外科を受診すべき理由や受けられる治療、術後のリハビリテーションの方法などを解説します。下顎骨の骨折が疑われ、これからどうしたらよいのか迷っているという方は参考にしてみてください。
下顎骨を骨折したとき口腔外科を受診すべき理由
下顎骨の骨折は、交通事故や転倒、スポーツ中の衝突などによって起こることがあり、顔面外傷のなかでも頻度が高いです。顎の骨は歯の噛み合わせや発音、咀嚼機能といった重要な働きに関与しているため、骨折の放置や自己判断による処置は、生活に大きく影響を及ぼす可能性があります。
特に「お口が開きにくい」「噛み合わせがおかしい」「下唇の感覚がない」などの症状がある場合は、骨折の可能性が高いため、一般歯科ではなく口腔外科の診察が必要です。口腔外科では、CTなどの画像検査を用いた的確な診断が可能で、外科的整復や顎間固定などの治療方針を立てることができます。
下顎骨には下歯槽神経と呼ばれる重要な神経が通っており、骨折によって神経が損傷されると、下唇やオトガイ(顎の先)のしびれが生じます。
適切な治療を受けずに自然治癒に頼った場合、骨がズレたままくっついてしまい、将来的に外科的な再手術が必要になるケースもあります。下顎骨の外傷が疑われる場合には、できるだけ早く口腔外科を受診することが大切です。
下顎骨が折れたときに現れる主な症状
下顎骨が折れると、次に挙げるような症状が現れます。
痛みや腫れ、出血
下顎骨の骨折では、強い痛みと顔の腫れが現れることが一般的です。
骨折部位周辺には炎症反応が起こり、内出血や浮腫によってひどく腫れることがあります。皮膚の下に血液がたまることであざができたり、出血が口腔内に広がって唾液が血で赤くなったりすることもあります。
歯は顎の骨に埋まっていることから、骨折により歯が動揺したり脱落したりする場合もあります。出血や歯のぐらつきがあると、患者さん自身で止血や固定するのは困難なため、早急に医療機関の対応が求められます。痛みの強さは骨折の程度によって異なりますが、会話や咀嚼、口の開閉動作で痛みが悪化するのが特徴です。
噛み合わせのズレや開口障害(お口が開きにくくなる)
下顎骨が骨折すると、左右の顎のバランスが崩れ、噛み合わせが合わないと感じることがあります。骨折部位で骨がズレたり、関節の位置が不自然になったりすることで起こる現象です。普段どおりに食事をしようとしても、上下の歯が正しく噛み合わず、食べ物をうまく噛み切れないという症状が出ます。
骨折に伴って顎を動かす筋肉や関節にも影響が及ぶことがあり、お口が開けにくい(開口障害)という症状も現れます。この症状は、関節付近(顎関節)に近い骨折で生じやすく、無理にお口を開こうとすると痛みが増すため、自然と開口が制限されてしまいます。
噛み合わせや開口の異常は、治療の指標となるため、早期の診断と整復が求められます。
下唇のしびれや感覚低下
下顎骨の骨のなかには、下歯槽神経と呼ばれる神経が走行しています。この神経は、下唇やオトガイ部の感覚を司っています。骨折が神経の走行部に及ぶと、下唇や顎先にしびれや、感覚の麻痺(感覚鈍麻)といった神経症状が現れます。
症状は一時的なこともあれば、神経がひどく損傷されている場合は、長期にわたって症状が続くこともあり、生活上の不便や心理的ストレスにつながることも少なくありません。
感覚低下の有無は治療方針を決めるうえで重要な情報であり、MRIや神経反応テストなどを用いた精密な評価が必要です。
下顎骨骨折が疑われる場合にすべき応急手当
転倒や交通事故などで下顎骨が折れたかもしれないと感じたら、次に挙げる方法で応急手当をしましょう。
圧迫止血と気道確保
下顎骨の骨折が疑われる場面では、出血の有無の確認と呼吸の確保が優先されます。 顔面外傷では口腔内や顎周囲から出血することが多く、血液が気道に流れ込むと呼吸障害を引き起こす危険があります。
出血がある場合は、清潔なガーゼやタオルで出血部位を優しく圧迫することで止血を試みます。強く押し付けすぎると患部を悪化させる恐れがあるため、力加減には注意が必要です。出血が持続する場合でも、無理にお口を開かせたり、歯を触ったりするのは避けましょう。
口腔内に血液や嘔吐物がたまると気道閉塞のリスクが高まるため、横向きに寝かせて気道を確保することが大切です。意識がない場合や呼吸に異常が見られる場合は、ただちに救急要請を行いましょう。
簡易固定
顎の骨折では骨がずれたまま不用意に動かしてしまうと、医療機関での治療が困難になったり、神経や血管にさらなるダメージを与えたりすることがあります。応急処置として簡易固定が重要です。
下顎を手でそっと支えたり、顎の下に包帯やハンカチを当てて頭のてっぺんに巻きつけたりすると、顎の動きを制限できます。ただし、強く締めすぎると血流が妨げられ、呼吸に支障をきたすこともあるため、軽く支える程度にとどめましょう。
応急処置の目的は、あくまでも「症状の悪化を防ぎ、安全に配慮して医療機関に搬送すること」である点を理解しておくことが大切です。応急処置を行った後は、速やかに口腔外科または救急外来を受診してください。
下顎骨骨折の診断方法
口腔外科をはじめとした医療機関では、次の方法で下顎骨骨折を診断します。
視診や触診
下顎骨骨折の初期診断は、視診と触診によって外傷の程度や骨の異常を把握します。 視診では、腫れ、出血、皮下出血、歯の脱落や動揺、顔の左右非対称といった外見的な所見を確認します。
触診では、骨の連続性に乱れがないか、圧痛や変形、異常可動性がないかを慎重に調べます。骨が折れている部位では軽く触れるだけでも強い痛みがあり、骨がずれるような感覚が認められることもあります。お口のなかからも確認を行い、歯列の乱れや歯茎の裂傷、血腫なども診断の手がかりとなります。
レントゲン・CTによる画像診断
正確な診断のためには、視診や触診に加えて画像検査が不可欠です。
口腔外科ではパノラマレントゲン撮影により、下顎骨全体の状態を確認します。骨折線の有無、骨のずれ具合、歯の位置関係を把握するうえで有用です。
さらに詳細な情報が必要な場合は、CT(コンピューター断層撮影)が用いられます。
CTは骨の三次元的な構造を把握できるため、骨折の方向、程度、関節や神経との位置関係まで精密に評価することが可能です。
神経を損傷した症状がある場合には、神経損傷の範囲や状態を把握する目的でMRIを併用することもあります。
骨折タイプ別の重症度分類
下顎骨骨折は、発生する位置や骨折線の方向、骨のズレの有無によっていくつかのタイプに分類されます。これにより、治療法や経過の見通しが大きく変わるため、正確な分類が重要です。
代表的な分類には以下のようなものがあります。
◎正中部骨折(せいちゅうぶこっせつ)
下顎前歯の中央付近に発生する骨折です。整復しやすいが歯列への影響に注意が必要です。
◎顎角部骨折(がっかくぶこっせつ)
親知らずの奥、エラにあたる部分で起こる骨折です。筋肉の牽引でズレやすく、開口障害を起こしやすいタイプです。
◎関節突起骨折(かんせつとっきこっせつ)
顎関節に近い部分の骨折です。お口の開きづらさや噛み合わせの異常が顕著で、外科的処置が必要になることもあります。
◎転位骨折(てんいこっせつ)
骨片がずれている状態で、噛み合わせのズレが生じやすく、整復・固定処置が必要です。
◎粉砕骨折(ふんさいこっせつ)
骨が複数に割れている状態で、手術が必要となる重度の骨折です。
骨折タイプによっては、数週間の顎間固定だけで治癒が見込める場合もあれば、金属プレートによる固定などの外科的介入を要するケースもあります。専門的な診断と的確な治療方針の決定が、回復と後遺症予防の鍵を握ります。
下顎骨骨折の治療方法
下顎骨骨折の治療法は、保存療法と手術療法の2つに大きく分けられます。
保存療法
保存療法とは、骨折部のズレ(転位)が軽度で、外科的手術を行わなくても自然治癒が見込まれる場合に選択される治療法です。噛み合わせが大きく乱れていない単純骨折や、骨片が安定している場合が対象となります。
顎間固定(上下の歯をワイヤーやゴムで固定し動かさないようにする方法)を行い、骨が癒合するまでの約2〜4週間、お口を開けることを制限します。患者さんは、やわらかい流動食の摂取や口腔内を清潔に保ち、むし歯や歯茎のトラブルにも注意しなければなりません。
保存療法は外科手術よりも身体的な負担が少ない反面、しっかりとした経過観察が必要であり、咬合異常や顎関節症状が後遺症として残らないよう注意が必要です。
手術療法
骨折のズレが大きい場合や、骨片の安定が得られない複雑骨折の場合、手術療法が選択されます。下顎骨骨折の手術では、チタンプレートやスクリューを用いて骨片を正しい位置に固定し、自然な噛み合わせを復元させます。
開放整復固定術と呼ばれるもので、顎の内側(口腔内)からアプローチするため、外見に傷跡が残りにくいのが特徴です。
手術は一般的に全身麻酔下で行われ、術後は入院を要することもあります。手術後は顎の動きや咬合の安定性を確認するためのフォローが不可欠です。感染予防のため抗菌薬が処方されることもあり、口腔ケアの徹底が求められます。
外科的治療により、骨折部がよりしっかりと固定されることで早期の機能回復が期待でき、後遺症のリスクを抑えることが可能です。
術後のリハビリ方法
下顎骨骨折では、手術が終わった後のリハビリとして、以下のような訓練やマッサージを行います。
開口訓練
下顎骨骨折の治療後、顎間固定を行った患者さんでは、顎の可動域が制限されるため、開口障害が後遺症として残ることがあります。そのため、術後のリハビリとして開口訓練が重要とされています。
開口訓練は、顎を徐々に広げる運動を繰り返し行うことで、関節の可動域を回復させるのが目的です。無理のない範囲で行い、痛みを伴わないよう注意しながら、1日数回の頻度で続けます。リハビリが不十分だと、顎の可動域が狭くなり、食事や会話に支障をきたす場合があるため、根気よく続けることが求められます。
咀嚼筋ストレッチとマッサージ
下顎骨骨折の術後には、咀嚼筋(噛むときに使う筋肉)が硬直したり、筋力が低下したりすることがあります。ストレッチやマッサージによる筋機能のリハビリが効果的です。
側頭筋や咬筋といった咀嚼筋を指先で優しくマッサージすることで、血行を促進し、筋肉の緊張を緩和させることができます。簡単な咬筋ストレッチを日常的に取り入れることで、筋肉の柔軟性を保ち、噛み合わせの安定につながります。
このようなリハビリは、口腔外科医や理学療法士の指導のもと、適切な方法で行うことが重要です。
顎機能回復のための理学療法
高度な機能回復を目指すためには、理学療法の導入が検討されることがあります。顎の動きに関わる関節や筋肉の機能を総合的に回復させることを目的に、電気刺激療法や温熱療法、関節運動の補助トレーニングなどが行われます。
理学療法では、噛み合わせのズレを防ぎながら、筋肉の修復も行えます。長期間の固定後に顎機能の低下が著しい患者さんにとっては、理学療法の導入が検討されます。術後の経過に応じてリハビリ内容を段階的に調整することで、無理なく機能回復が進められます。
まとめ
今回は、下顎骨が骨折した場合の応急処置方法や診断、治療方法について解説しました。下顎骨はとても硬い骨ですが、転倒や交通事故などで大きな衝撃が加わると折れることがあります。
下顎骨骨折の診断や治療には専門的な知識を要するため、一般の歯科医院ではなく、口腔外科を受診するのが望ましいです。いずれにしても下顎骨の骨折が疑われる場合は、できるだけ早く専門の医療機関に連絡するようにしましょう。
参考文献