口の中が痛いと感じた場合は、まず口内炎を疑うことでしょう。口内炎はちょっとしたきっかけで生じるもので、誰もが一度は経験したことのある症状といえます。 ケースによっては、食事や会話に大きな支障をきたすため、「たかが口内炎」とは軽視できないのが現実です。
そんな口内炎には、口腔粘膜疾患(こうくうねんまくしっかん)という類似した病気がありますが、皆さんはそれらの違いをご存知でしょうか?ここでは口内炎の原因や口腔粘膜疾患との違いなどを詳しく解説します。
口内炎とは
はじめに、口内炎の基本事項から確認していきましょう。
口内炎の基礎知識
口内炎とは、口腔粘膜に生じる炎症性病変の総称です。ひと言で口内炎といっても実は原因によっていくつかの種類に分けられ、症状もそれぞれで異なっています。その中でも皆さんが日常的に悩まされやすいのは「アフタ性口内炎」と呼ばれるものです。その他にも「カタル性口内炎」や「ウイルス性口内炎」、「アレルギー性口内炎」などがあります。これらの原因と症状については、後段で詳しく説明します。
口内炎の原因と症状
口内炎の種類は、原因によって分類できます。
原因1:免疫力の低下【アフタ性口内炎】
免疫力が低下することによって発症する口内炎を「アフタ性口内炎」といいます。ストレスや疲れがたまったり、睡眠不足や栄養不足が続いたりすると、全身の免疫力が下がって口内炎が生じます。 アフタ性口内炎の根本的な原因は医学的に解明されていないのですが、ほとんどの患者さんに免疫力の低下が見られます。アフタ性口内炎では、2〜10mm程度の丸くて白い潰瘍が口腔粘膜のさまざまな部位に生じて、10〜14日ほど経過すると、自然に消失します。
原因2:物理的刺激【カタル性口内炎】
入れ歯の辺縁や矯正装置のワイヤーなどが口腔粘膜を刺激して生じる口内炎を「カタル性口内炎」といいます。カタル性口内炎の症状は、物理的刺激の加わり方によって変わるため、境界が不明瞭であることが多いです。物理的刺激を取り除かない限り、口内炎の症状は改善しません。
原因3:ウイルスへの感染【ウイルス性口内炎】
ヘルペスウイルスなどに感染して生じる口内炎を「ウイルス性口内炎」といいます。単純ヘルペスウイルスが主な病原体で、口唇に現れることが多いです。 真菌の一種であるカンジダ・アルビカンスに感染した場合は、カンジダ性口内炎を発症します。ウイルス性口内炎の場合は、病変が比較的広範囲に現れます。
原因4:食品や金属による刺激【アレルギー性口内炎】
特定の食品や薬剤、金属によってアレルギー反応が惹起されて口内炎が生じる場合もあります。これを「アレルギー性口内炎」といいます。 例えば、タバコの煙によって引き起こされるニコチン性口内炎では、口腔粘膜に白斑が生じます。
口内炎と口腔粘膜疾患の違い
口腔粘膜疾患とは、舌や頬粘膜、歯肉といった口腔粘膜に、白斑・紅斑・びらん・潰瘍・水泡・色素沈着といった症状が見られる病気です。口内炎が口腔粘膜に生じる炎症性病変の総称であるのに対し、口腔粘膜疾患では多様な症状が見られるだけでなく、その背景には先天異常や発育異常、重篤な全身疾患が見られるケースが多いです。口腔粘膜疾患の具体的な種類や原因については、後段で詳しく解説します。
口腔粘膜疾患を疑うべき口の中の症状
次のような症状が認められる場合は、口腔粘膜疾患が疑われるため、歯科や口腔外科など、専門の医療機関への受診が推奨されます。
口内炎がよくできる
口内炎は、健康な人でも生じる炎症性病変ですが、その症状が頻繁に現れたり、1ヵ月経っても治らなかったりする場合は、何らかの病気が背景に潜んでいる可能性があります。単なる口内炎とは考えず、専門家に一度、診てもらった方が良いです。
食事や歯磨きの際に口の中が痛む
食事や歯磨きをする時に、口の中が痛いと感じる場合は、その原因を突き止める必要があります。それがアフタ性口内炎であれば大きな問題にはならないのですが、口腔粘膜疾患に由来する痛みの場合は、適切な治療が必要となります。口の中が痛いのは、身体からのSOSのサインだということを忘れないでください。
口の粘膜に白いすじ模様がある
口腔粘膜疾患の中には、口腔粘膜に白いすじ模様が現れる病気が現れる病気があります。それは口腔粘膜が角化して白く見えているのですが、がんになる一歩手前の症状である可能性も否定できないことから、早期の受診を推奨します。
口の粘膜の一部が赤く荒れている
歯周病による歯茎の腫れではなく、舌や頬粘膜、口蓋などの一部が赤く荒れている場合も要注意です。口腔粘膜に何らかの異常が生じています。
口の粘膜に水ぶくれができている
口腔粘膜疾患には、粘膜に水ぶくれができる病気がいくつかあります。専門的には水疱(すいほう)と呼ばれる症状で、一般的な口内炎では見られません。
口の中にこすると取れる白いものができている
舌の除く口腔粘膜には、こすることで取れる白い汚れのようなものが形成されることはまずありません。食べかすや歯垢などは、粘膜に付着しても自然と洗い流されていくからです。そうした症状が歯肉や頬粘膜、口蓋などに現れた場合は口腔粘膜疾患が疑われます。
口の中にこすっても取れない白いものができている
口の中に白いものができて、それがこすっても取れない場合は、口腔粘膜に何らかの異常が生じています。
口腔粘膜疾患の種類と原因
続いては、口腔粘膜疾患の種類と原因について詳しく説明します。
再発性アフタ
再発性アフタとは、アフタ性口内炎を繰り返し発症する病気です。通常のアフタ性口内炎は、免疫力の低下などがきっかけで発症し、10〜14日程度で自然治癒しますが、再発性アフタの場合は1ヵ月以上、症状が持続することも珍しくはありません。しかも再発を繰り返すため、日常生活に大きな支障をきたします。
【原因】
再発性アフタの原因は、不明です。小児期に発症する再発性アフタは、口腔の外傷や強いストレス、特定の食べ物がきっかけとなって発症し、年齢を追うごとに軽症化していきます。免疫不全症候群であるエイズを発症した場合は、数週間持続する大きなアフタ性口内炎が繰り返し生じます。
ウイルス性口内炎
ウイルス性口内炎とは、文字通りウイルスへの感染によって引き起こされる口内炎です。詳細については、上段の解説をご覧ください。
口腔カンジダ症
口腔カンジダ症とは、カンジダ・アルビカンスという真菌への感染によって生じる病気です。口腔粘膜に白いカビが生える病気で、病変はこすると剥がれ落ちます。一見すると食べかすや歯垢のように見えるかもしれませんが、実態は水回りに生じるようなカビです。
【原因】
口腔カンジダ症は、抗菌薬の長期使用で口腔内細菌のバランスに変化が起こったり、口腔内や入れ歯の清掃不良で真菌が異常繁殖したりした場合に発症します。加齢による唾液分泌の低下や口腔周囲筋の機能の衰えが見られる高齢者でリスクが高くなっている病気です。
口腔扁平苔癬(こうくうへんぺいたいせん)
口腔扁平苔癬とは、口腔粘膜が異常に角化する慢性炎症性疾患です。白いすじ模様が網目状や環状に見られ、発赤やびらんを伴うこともあります。刺激が加わると痛みを感じるため、不安になって病院を受診する人が多いです。口腔扁平苔癬は、「口腔潜在的悪性疾患(こうくうせんざいてきあくせいしっかん)」に分類される病気で、がんになる一歩手前の状態であることを知っておいてください。
【原因】
口腔扁平苔癬の原因は、不明です。角化異常を示す粘膜下組織にT細胞を主体としたリンパ球の細胞浸潤が認められるため、細胞性免疫の関与があるのではないかと考えられています。
◎口腔潜在的悪性疾患とは?
口腔潜在的悪性疾患とは、以前まで「前がん病変」や「前がん状態」と呼ばれていた病気の総称です。口腔がんのほとんどは、重層扁平上皮(じゅうそうへんぺいじょうひ)に生じる上皮性悪性腫瘍で、突発的に生じるのではなく、前駆的な病変や状態が確認できます。具体的にはまず上皮の過形成が見られ、続いて上皮異形成へと進展し、上皮内がんが発生します。
口腔扁平苔癬や白板症では、そうした上皮内がんが発生する前の段階の症状を病理学検査で確認することが可能なのです。当然ですが組織ががん化する前に摘出したり、放射線で治療したりすれば、各臓器に対するダメージを最小限に抑えられます。上皮内がんの発見が遅れると、浸潤がんへと変わり、周囲のリンパ節や組織、臓器に転移を始めます。
◎口腔潜在的悪性疾患の種類
口腔潜在的悪性疾患には、次のような種類があります。 ・慢性カンジダ症 ・口腔扁平苔癬 ・白板症 ・紅板症 ・円板状エリテマトーデス ・梅毒性舌炎 ・光線角化症 ・口腔粘膜下線維症 など WHOでは他にも口腔潜在的悪性疾患としていくつかの病気を指定していますが、ここでは代表的なものだけ記載しています。
白板症
白板症は、こすっても取り除けない白色病変が口腔粘膜に現れる病気です。口腔扁平苔癬と同様、粘膜の角化異常によって白く見えています。白板症も口腔潜在的悪性疾患のひとつであることから、軽視はせず早急に専門の医療機関を受診しましょう。
【原因】
白板症の原因は、不明です。誘因としては、喫煙や飲酒、不良補綴物などが挙げられます。化学的・物理的刺激が慢性的に加わることで、そのリスクは増大します。
口腔がん
口腔がんとは、口腔内に生じる悪性腫瘍の総称です。悪性化した部位によって、舌がん・歯肉がん・頬粘膜がん・口腔底がん・硬口蓋がんなどに分類できます。
【原因】
口腔がんの原因としては、喫煙や飲酒、口腔内の不衛生などが挙げられます。その中で最も注意が必要なのが喫煙です。タバコの煙には、たくさんの発がん性物質が含まれており、喫煙が習慣化することで口腔がんのリスクが上昇することは明白です。
口腔粘膜疾患の治療法
最後は、口腔粘膜疾患の治療法の解説です。
再発性アフタの治療法
再発性アフタの根本治療は存在していないため、基本的に対症療法となります。疼痛が強い場合は痛み止めを服用します。クロルヘキシジンの洗口液で口腔内を清潔に保つことで、口内炎の症状を緩和できます。ケースによってはコルチコステロイドの内服、もしくは軟膏での塗布を行うこともあります。
ウイルス性口内炎の治療法
単純ヘルペスウイルスによる口内炎では、抗ウイルス薬による治療を行います。必要に応じて、消炎鎮痛薬や二次感染予防のための抗菌薬の投与も実施します。
口腔カンジダ症の治療法
口腔カンジダ症は、真菌が原因となる病気なので、抗真菌薬が含まれたうがい薬、軟膏、内服薬などを使って治療するのが一般的です。口腔内で異常繁殖したカンジダ菌の量を減らすことが重要となります。
口腔扁平苔癬(こうくうへんぺいたいせん)の治療法
口腔扁平苔癬には、根本治療はありません。対症療法として、副腎皮質ステロイド軟膏や噴霧剤、貼付剤などが用いられます。重症例では、副腎皮質ステロイド薬やビタミンAの全身投与を行うことがあります。
白板症の治療法
白板症の治療ではまず誘因となっている喫煙や飲酒の習慣を改善し、不良補綴物は修理します。その上で、病変部を外科的に切除します。場合によっては、ビタミンA誘導体を投与する薬物療法やレーザーによる蒸散なども行われます。
口腔がんの治療法
口腔がんでは、病変部の外科的切除が標準治療となります。周囲のリンパ節への転移が認められる場合は、それらも併せて摘出します。口腔がんの進行度によっては、放射線療法や化学療法といった保存治療を優先する場合もあります。
◎口腔がんのTNM分類
口腔がんの進行度は、TNM分類で評価します。Tは原発腫瘍、Nは所属リンパ節への転移、Mは多臓器への遠隔転移を意味します。口腔がんの症状が現れている口腔だけでなく、その周囲の組織・臓器まで精密に調べることで、正確な診断を下すことが可能となるのです。臨床の現場では、このTNM分類を使って、さらに口腔がんのステージをI〜Ⅳへと分類するのです。
ちなみに、原発巣の切除範囲は、T1~4の評価によって決定されます。例えば、T1であれば原発腫瘍が2センチ以下なので、外科的に切除する範囲も自ずと狭くなります。リンパ節や遠隔臓器への転移が認められる場合は、より大掛かりな外科手術が必要となる点に注意が必要です。
まとめ
このように、口の中が痛い場合はまず口内炎が疑われます。ストレスや疲れ、睡眠不足などが原因で生じるアフタ性口内炎は、誰にでも生じ得るものであり、10〜14日程度は痛みなどの症状が続きます。そうした標準的な口内炎とは異なる症状が認められる場合は、口腔粘膜疾患という口内炎とは異なる病気が疑われるため、早期に専門の医療機関を受診してください。
口腔粘膜疾患には、口腔カンジダ症や口腔扁平苔癬、白板症の他にも「口腔がん」という悪性腫瘍も含まれていることから、早期発見・早期治療が重要となります。もちろん、口の中の痛みの原因が口腔粘膜疾患ではない可能性も十分にありますが、その事実を確かめるだけでも価値があるといえます。
参考文献