顎の関節やその周囲の筋肉に痛みが生じる顎関節症。軽症も含めると、かなりの人が悩まされている病気です。顎関節症の症状が強く出ていると、お口の開け閉めや咀嚼機能にも支障をきたすことから、歯列矯正を検討している人にとっては不安材料でしかありません。そもそも顎関節症がある状態で歯列矯正を受けられるのかどうかも疑問に感じることでしょう。ここではそんな顎関節症の原因や歯列矯正との関係について詳しく解説します。
顎関節症とは
はじめに、顎関節症の基本事項から確認していきましょう。
顎関節症の概要
顎関節症は、顎の関節や筋肉に問題が生じ、痛みや運動障害を引き起こす病気です。顎関節は、下顎骨と側頭骨をつなぐ関節であり、噛み合わせや咀嚼、話すことなどに重要な役割を果たします。顎関節症は、咀嚼筋痛障害(筋肉の痛み)、顎関節痛障害(関節の痛み)、顎関節円板障害(関節内部の円板の位置異常や損傷)、変形性顎関節症(関節の退行性変化)の4つの種類に分けられます。
顎関節症の症状
顎関節症の主な症状は以下のとおりです。
◎痛み
顎関節や咀嚼筋に痛みを感じることがあり、特に食事中や話しているときに痛みが増すことがあります。
◎運動障害
お口の開閉がスムーズにできなくなり、お口を大きく開けられない、あるいは開けるときに痛みを伴うことがあります。
◎関節雑音
顎を動かすときにカクカクやジャリジャリといった音がすることがあります。これらの音は関節内の円板がずれたり、摩耗したりしていることが原因です。
◎筋肉のこわばり
朝起きたときに顎の筋肉がこわばっていることがあり、動かしにくいと感じることがあります。
◎頭痛や耳の痛み
顎関節症により、頭痛や耳の痛みが生じることもあります。これは顎の痛みがほかの部位に放散するためです。
これらの症状は、放置すると悪化する可能性があるため、早期の診断と治療が推奨されます。
顎関節症になりやすい年代と性別
顎関節症は、子どもから高齢者まで幅広い年齢層で発症する可能性がありますが、特に20~30代の女性にみられる傾向にあります。これは、女性がストレスやホルモンの変動、生活習慣による影響を受けやすいためと考えられています。例えば、女性はストレスを感じると歯ぎしりや食いしばりの頻度が増すことが少なくないですが、これが顎関節に負担をかける原因となります。
また、ホルモンの変動が顎関節の靭帯や筋肉に影響を与え、痛みや炎症を引き起こすこともあります。さらに、現代の女性はデスクワークやスマートフォンの使用によって姿勢が悪くなることがあり、これも顎関節症のリスクを高める要因です。
男性も顎関節症を発症することがありますが、その頻度は女性に比べて低い傾向があります。男性の場合、外傷や過度な運動、ストレスが原因となることが少なくないです。いずれにせよ、顎関節症の症状が現れた場合は、早めに歯科医師に相談し、適切な治療を受けることが大切です。
顎関節症の原因
顎関節症の原因は一つに限定されず、さまざまな要因が複合的に関与していると考えられています。以下では、代表的な原因を3つ解説します。
食いしばりや歯ぎしり
食いしばりや歯ぎしりは、顎関節症の主要な原因の一つです。これらの習慣は、無意識のうちに顎の筋肉や関節に過度な負担をかけることがあります。特に夜間の歯ぎしりは、患者さん自身が気付かないうちに長時間続くため、顎関節に大きなダメージを与えます。食いしばりや歯ぎしりが続くと、顎の筋肉が緊張し、関節内の円板がずれたり、摩耗したりすることがあります。これにより、痛みや開口障害が生じることがよくあります。
習慣・ストレスによるもの
日常生活の習慣やストレスも、顎関節症の発症に大きく関与しています。長時間のデスクワークやスマートフォンの使用は、姿勢の悪化を招き、顎関節に負担をかけます。また、ストレスがたまると無意識に歯を食いしばることが増え、これが顎関節に悪影響を及ぼします。ストレスは体の筋肉を緊張させ、特に顎の周囲の筋肉が硬くなることで、痛みや運動障害が生じやすくなります。
歯並び・噛み合わせが悪い
歯並びや噛み合わせの問題も、顎関節症の原因となります。具体的には、開咬、過蓋咬合、交叉咬合などの不正咬合が関与します。開咬は上下の歯が前後に噛み合わない状態で、過蓋咬合は上下の前歯が深く噛み合った状態を指します。そして交叉咬合は、上下の歯が左右にずれて噛み合う状態です。これらの不正咬合は、顎関節に過剰な力がかかり、関節や筋肉に負担をかけます。噛み合わせの問題を放置すると症状が悪化する可能性があるため、早期の矯正治療が推奨されるでしょう。ワイヤーやマウスピースによる矯正治療を行うことで、噛み合わせを改善し、顎関節症の症状を軽減することが期待されます。
顎関節症の治療方法
続いては、顎関節症の診断方法や歯科医院での治療方法、自宅でのケア方法についての解説です。
顎関節症の診断方法
顎関節症の診断は、主に問診、咀嚼筋や顎関節の触診、顎関節のレントゲン撮影で行われます。これらの検査から得られる情報によって、顎関節症の発症の有無や大まかな重症度などを診断することが可能です。より詳しい情報が必要な場合は、MRI検査やセファロ分析、歯列模型による咬合分析などを行います。
歯科医院での治療
顎関節症の治療は、歯科医院で受けることが可能です。歯科医院では顎関節症に対して、スプリント療法を実施するのが一般的となっています。スプリント療法とは、夜間にナイトガードと呼ばれるマウスピースを装着して、歯ぎしりから歯や顎関節を守る目的で行われる治療法です。というのも、顎関節症では、その背景に歯ぎしり・食いしばりといった悪習癖が潜んでいるため、マウスピースで歯や顎関節を守るだけでも、治療効果を得やすいのです。もちろん、歯ぎしりや食いしばりとはまったく関係のない理由で顎関節症になっている場合は、スプリント療法ではなく、ほかの治療で対応することになります。今回のテーマである歯列矯正もその方法のひとつです。
自宅でのケア
顎関節症で顎やその周囲の筋肉に痛みが生じている場合は、硬い食べ物を避けるようにしましょう。本来、硬い食べ物は咀嚼筋を鍛えることにつながるため、積極的に食べた方がよいのですが、顎関節症では症状を悪化させる要因ともなることから、あまり噛まずに飲み込めるものを選ぶようにしてください。
咀嚼筋の痛みやハリ、凝りなどは、自宅でマッサージすることによって症状を緩和できます。具体的には、痛みが生じている部分を指先で優しく円を描くようにマッサージしてください。マッサージの際に力を入れすぎたり、不適切な方法でマッサージしたりすると、かえって顎関節症の症状が悪化することもあるため、正しいマッサージ方法は歯科医院で指導を受けることが大切です。
顎関節症と歯列矯正の関係
ここからは顎関節症と歯列矯正の関係についての解説です。顎関節症を患っている状態で歯列矯正を始めてもいいのか不安に感じている人、歯列矯正を始めたら顎関節症にならないか心配な人は参考にしてみてください。
顎関節症でも歯列矯正は受けられるか
顎関節症を抱える患者さんでも、歯列矯正は受けられることが少なくないです。実際に、噛み合わせを改善することで顎関節症の症状が軽減されるケースもあります。歯列矯正によって正しい噛み合わせが得られると、顎の筋肉や関節にかかる負担が軽減され、痛みや運動障害の改善が期待できます。
しかし、顎関節症の程度や症状によっては、歯列矯正治療が難しい場合もあります。例えば、顎関節に強い痛みや運動制限がある場合、歯列矯正装置の装着や調整が困難になることがあります。こうした場合には、歯列矯正治療を開始する前に、顎関節症の治療を優先することが重要です。 ◎事前のカウンセリングが重要
歯列矯正治療を受ける前には、詳細なカウンセリングと診断が不可欠です。歯科医師は、患者さんの顎関節の状態を詳しく評価し、治療計画を立てます。このカウンセリングの過程で、患者さんの症状や治療の目標について十分に話し合うことが大切です。また、歯列矯正治療中にも定期的に経過を観察し、顎関節の状態を確認することで、治療を安全性を重視して進められるようにします。
歯列矯正が顎関節症の原因になることはあるか
歯列矯正が顎関節症の原因になることはありますが、それは一時的なものであり、対処可能なケースがほとんどです。歯列矯正装置や治療方法が直接、顎関節症を引き起こすわけではなく、歯列矯正治療中に一時的に顎関節に負担がかかることがあります。これは、歯の位置が変わることで噛み合わせが不安定になるためです。
歯列矯正治療中に顎関節症の症状が現れた場合、歯科医師は経過観察を行いながら治療を続行します。このような場合、症状は一時的なものであり、治療が進むにつれて安定していきます。歯列矯正治療によって噛み合わせが改善されることで、顎関節症の症状も軽減されることが期待できます。
歯列矯正治療を受ける際には、患者さん自身も顎関節の状態を注意深く観察し、異常を感じた場合にはすぐに歯科医師に相談することが重要です。早期に対処することで、症状の悪化を防ぎ、治療の効果をできる限り引き出すことができます。
マウスピース型矯正が原因で顎関節症の症状が現れるケース
近年、需要が高まっているマウスピース型矯正では、治療期間中に顎関節症の症状が現れるケースが見られます。その原因は次のとおりです。
マウスピースの装着に慣れていない
マウスピース型矯正治療を始めたばかりの患者さんにとって、はじめの数週間は装着に慣れるまでに時間がかかることがあります。初めてマウスピースを装着すると、異物感や圧迫感を感じることが少なくありません、その結果、顎関節に負担がかかることがあります。これが顎関節症の一時的な症状を引き起こす可能性があります。
このような場合、重要なのはマウスピースを正しく装着し、適応する期間を設けることです。歯科医師の指導の下、マウスピースの装着に徐々に慣れていくことで、顎関節にかかる負担を軽減できます。装着時に痛みや不快感が続く場合は、すぐに歯科医師に相談し、マウスピースのフィット感を調整してもらうことが重要です。適切な対応をすることで、初期の不快感や顎関節症のリスクをできる限り抑えることができます。
マウスピースの装着時間が守れていない
マウスピース型矯正治療では、指定された装着時間を守ることが重要です。通常、1日に20〜22時間の装着が推奨されますが、これが守られないと治療効果が低下し、顎関節に不均等な力がかかることがあり、それによって顎関節症の症状が一時的に現れることがあります。
不適切な装着時間では歯が計画とおりに動かず、顎関節に余計な負担をかけてしまいます。患者さんは毎日の装着時間を記録し、指定された時間を守るように努めましょう。また、装着時間を確保するために、食事や歯磨きの時間以外はマウスピースを常に装着する習慣をつけることが推奨されます。装着時間が守れない場合や装着に問題がある場合は、歯科医師に相談して適切な対策を講じましょう。
治療途中の噛み合わせによるもの
矯正治療の途中では、歯が移動する過程で一時的に噛み合わせが不安定になることがあります。この不安定な噛み合わせが顎関節に負担をかけ、顎関節症の症状を引き起こすことがあります。治療が進むにつれて歯の位置が変わり、正しい噛み合わせに整うことが目的ですが、その途中経過での変動は避けられません。
治療途中に顎関節症の症状が現れた場合、歯科医師に相談しましょう。歯科医師は、患者さんの噛み合わせの状態を確認し、必要に応じてマウスピースの調整を行います。また、症状を軽減するための追加の治療法やアドバイスを提供することもあります。
治療ストレスによる食いしばりなどによるもの
矯正治療は、患者さんにとって身体的だけでなく精神的なストレスをもたらすことがあります。このストレスが原因で、無意識に歯を食いしばることが増え、結果として顎関節に負担がかかり、顎関節症の症状が現れることがあります。特に、治療初期や調整後に不快感や痛みが生じやすいため、ストレス管理が重要です。リラクゼーション法や適度な運動、趣味の時間を持つことでストレスを軽減することができます。
◎症状は一時的なものであることが少なくない
マウスピース型矯正治療中に顎関節症の症状が現れることがありますが、これらの症状はほとんどが一時的なものであり、適切な対応をすることで管理可能です。患者さんは、マウスピースの装着に慣れるまでの初期段階、装着時間を守ること、治療途中の噛み合わせの変動、そして治療によるストレス管理に注意することが重要です。常に歯科医師とコミュニケーションを取り、異常を感じた場合は早めに相談することで、顎関節症のリスクをできる限り抑え、効果的な矯正治療を続けることができます。
まとめ
今回は、顎関節症と歯列矯正の関係について解説しました。顎関節症は、顎の関節とその周囲の筋肉に不快症状が現れる病気で、歯列矯正の期間中に発症することがあります。逆に、歯列矯正を行うことによって顎関節症の症状が改善される場合もあるのです。
いずれにしても顎関節症はきちんと経過を見ながら適切な治療およびセルフケアを行っていかなければならない病気なので、顎関節の痛みや雑音などに悩まされている人は、まず歯科医師に診てもらうことをおすすめします。
参考文献