顎の病気は顎関節症が有名ですが、顎変形症の患者さんも少なくありません。
ご自身の症状がどちらなのかわからない場合は、主な症状や考えられる原因から判断できます。
この記事では顎のトラブルとしてよくみられる、顎関節症と顎変形症について解説します。
顎の痛みや顎の歪みなどに悩む方が、正しい知識をもって対処する参考になれば幸いです。
顎関節症と顎変形症の違いは?
顎関節症は顎関節や筋肉の一時的な炎症・ずれであるのに対し、顎変形症は顎の骨が歪んでいる状態です。
顎関節症は安静にしていれば自然治癒するケースがほとんどで、治療する際も痛みの緩和と保存療法が基本となります。
これに対して顎変形症は骨の歪みであるため、自然治癒は期待できません。
成長期の子どもであれば、早期から骨格の成長を利用した治療によって改善は可能です。
しかし成長期の終わった大人の場合は、顎の骨を切って形を整えるなどの大がかりな治療が必要となります。
慢性的な顎関節症が続いていると、顎の動かし方が偏って顎変形症となるケースもあります。
反対に、顎変形症で噛み合わせが悪いと顎の関節に負担がかかるため、顎変形症が原因で顎関節症を発症するケースも少なくありません。
顎関節症と顎変形症の原因と症状
顎関節症と顎変形症は混同されることもありますが、原因や症状は大きく違います。
どちらも口腔外科や歯科で治療を行う症状ですが、ご自身の症状がどちらなのか患者さんが理解しておくことも大切です。
顎関節症と顎変形症の、主な原因と症状をそれぞれ解説します。
顎関節症の原因
顎変形症の原因は従来、噛み合わせの悪さとされてきましたが、近年では噛み合わせだけでなくさまざまな要因が組み合わさって発症すると考えられています。
噛み合わせの悪さは顎関節症の原因の一つですが、噛み合わせの悪さだけで顎関節症となることは稀です。
顎関節症の主な原因は、以下のようなものがあります。
- 噛み合わせの悪さ
- 歯ぎしり・食いしばり癖・TCH
- 慢性的なストレス
噛み合わせの悪さや食いしばり癖によって顎の関節に過度な負担がかかり、関節や筋肉が炎症を起こすのが顎関節症です。
特に、お口を閉じているときに上下の歯を接触させて食いしばってしまう癖を、TCH(Tooth Contacting Habit)といいます。
日本語では歯列接触癖と呼ばれ、本来は上下の歯はわずかに離れているのが通常ですが、常に接触させていることで顎に持続的な負担がかかります。
このような癖が原因で顎に疲労がたまり、大きなあくびなどを契機として顎関節症を発症するケースが少なくありません。
歯ぎしりやTCHは心理的ストレスが原因であるケースも少なくありませんので、心身のストレスが顎関節症の大きなリスクです。
顎関節症の症状
顎関節症の主な症状は、以下のとおりです。
- お口を開けたときに顎が痛い
- 顎を動かすと異音がする
- お口が大きく開かない
顎関節症では顎の関節が炎症を起こしている場合と、顎の筋肉が炎症を起こしている場合がありますが、患者さんの自覚症状では区別できません。
また顎の骨が頭蓋骨にぶつからないようにクッションの役割をしている関節円板という組織が、正しい位置からずれてしまうことも頻繁にみられます。
関節円板がずれることで異音がしたり、顎にロックがかかったようにお口が開かなくなることがあります。
正常であれば、お口は人差し指・中指・薬指の3本が縦に並んで入ります。このときの開口幅は、約40mmです。
痛みがなくてもお口が40mm以下しか開かない場合は、顎の関節に異常が起きていると考えてよいでしょう。
顎変形症の原因
顎変形症は骨の歪みであるため、原因ははっきりとわかっていませんが、先天性の異常であるケースが少なくありません。
後天的にも成長期の癖などで顎変形症になる場合があり、以下のような癖が特にリスクが高いといわれています。
- 歯が生えた後の指しゃぶり
- 舌で前歯を押す癖
- 歯ぎしり・食いしばり
- 片側だけで噛む癖
指しゃぶりや舌で歯を押す癖は歯並びが乱れる原因でもあり、成長期では顎の骨まで歪めてしまう可能性があります。
指しゃぶりや舌の力は大変強く、歯列矯正装置の数十倍の力が歯と骨にかかるため、歯も骨も容易に変形してしまいます。
顎変形症の症状
顎変形症の主な症状は、以下のとおりです。
- 噛み合わせが悪い
- 顎が歪んでいる
お口を閉じたときに、下の歯が前に来てしまうことを反対咬合・左右にずれることを交叉咬合といいます。
反対咬合では、下の顎が異常に大きくなっていたり上の顎が異常に劣成長していたりする下顎前突症がよくみられ、いわゆる受け口の状態です。
また、奥歯しか噛み合わずに前歯が開いていることを開咬症といい、食べ物をうまく噛み切れないため、消化不良などを招くこともあります。
歯がうまく噛み合わないために発音もしづらく、顎が歪んでいる見た目に深く悩んでいる患者さんも少なくありません。
顎関節症と顎変形症の治療
顎関節症と顎変形症では、治療方法は大きく異なります。
どちらも口腔外科と歯科の連携が不可欠で、顎関節症は矯正歯科または一般歯科、顎変形症は矯正歯科を受診し、口腔外科と連携しながら治療します。歯列矯正が必要であれば、矯正歯科に紹介されるでしょう。まずは口腔外科で受診し、歯列矯正などが必要であれば歯科医師を紹介されるでしょう。
顎関節症と顎変形症の主な治療方法を、それぞれ解説します。
顎関節症の治療法
顎関節症は顎の関節や筋肉の炎症であるため、症状の悪化を抑えれば自然治癒するケースが大半です。
このため顎に負担をかけないような生活習慣を意識して、必要に応じて消炎鎮痛薬で痛みを緩和する保存療法が行われます。
薬物治療では消炎鎮痛薬のほかに、過度に緊張した筋肉をほぐす筋弛緩薬などが使われ、定期的な服薬で症状緩和を目指します。
顎関節症の原因が歯ぎしりや食いしばり癖にある場合は、その癖を改めなければ完治は見込めません。
まずはご自身に改めるべき癖があることを自覚し、患者さん自身が主体的に改善していく必要があります。
長年の癖をすぐに改善するのは難しいため、歯と顎を守るマウスピース型の治療器具(スプリント)を装着する方法も有効です。
噛み合わせが悪い場合には、上記の治療と並行して歯列矯正を行い、正しい噛み合わせに改善していきます。
顎変形症の治療法
顎変形症は骨の歪みがあるため、顎の骨を切って正しい位置に移動しなければいけません。
現在の状態から顎と歯をどのように移動させるかをシミュレーションし、手術の前に歯列矯正を行って正しい噛み合わせにする準備をしていきます。
手術は全身麻酔で行われ、お口の中を切開して顎の骨を切除して移動した後、金属製の装置で正しい位置に固定します。
顎変形症の手術は下の顎だけを切る場合と、上下の顎をどちらも切る場合があり、どちらもお口の中から切るので顔に手術痕が残ることはありません。
顎変形症の治療に必要な期間は、以下のようになります。
- 手術前の歯列矯正6ヵ月~2年間
- 手術前後の入院1~3週間
- 手術後の歯列矯正6ヵ月~1年間
- 歯列矯正後の保定(定期的に継続)
顎変形症の治療は長い期間と大がかりな手術が必要になるため、患者さんの負担も大変大きくなります。
それでも食事や会話のしづらさ・顔面の変形などを改善できれば大きなメリットがあるため、歯科医師とよくご相談して検討してください。
顎関節症と顎変形症の治療は保険適用される?
顎関節症や顎変形症の治療では、どちらも歯列矯正が必要になる場合があります。
歯列矯正は保険適用外となる場合が大半ですが、外科手術を必要とする顎変形症の場合は、手術前後の歯列矯正も含めてすべて保険適用となります。
顎関節症の治療のための歯列矯正は保険適用外となるため、全額自己負担で費用は平均1,000,000~1,300,000円(税込)程です。
歯列矯正を行わない薬物療法のみであれば、基本的に保険適用となります。
顎変形症を放置するデメリット
顎変形症の治療には長い期間と大きな手術が必要ですが、それでも治療するメリットは大きなものです。
顎変形症では顎の歪みによる見た目の悩みが少なくありませんが、それ以外にも合併しやすい症状は少なくありません。
顎変形症の放置によって起こりやすくなる、主な症状を解説します。
発音の異常
顎変形症は顎の骨が正常な位置からずれており、噛み合わせも悪くなっているため、発音がしづらくなります。
特に反対咬合では、サ行・タ行の発音がしづらくなる傾向があり、他者にとって聞き取りづらい話し方になりやすいでしょう。
顎の歪みと発音の異常から、他人とのコミュニケーションが苦手になってしまう患者さんも少なくありません。
食事が不便
噛み合わせが悪いと食べ物をうまく噛み切れないため、食事の快適性が大きく低下します。
固いものが苦手になるため自然とやわらかい食べ物を好むようになり、咀嚼回数が減ると消化不良を起こしやすくなります。
咀嚼回数が減ると唾液の分泌が減り、腸内環境が悪化して便秘や下痢など全身の不調につながっていくことも少なくありません。
また、食事自体が苦手になって少食になったり、食の楽しみを共有できないことも、健全な成長を妨げる要因となります。
歯並びへの悪影響
顎変形症によって顎が大きく歪むと、歯並びも同じように悪化していきます。
歯並びは顎の形に合わせて動いていく性質があるため、顎の位置が正しくなければ正しい歯並びにはなりません。
歯並びの悪さは見た目の問題だけでなく、歯自体に大きな負担をかける要因です。
歯の隙間ができて歯みがきがしづらくなり、むし歯や歯周病のリスクが高まるほか、悪い噛み合わせ自体が歯への負担となり、歯を失うリスクが高まるでしょう。
特に下顎前突症による反対咬合は歯への負担が大きく、80歳まで自分の歯を20本残せた人のうち、反対咬合は1人もいなかったという報告もあります。
肩や首の凝り・痛み
顎が横方向に歪んでいる交叉咬合の場合、顔の片側だけに過度な負担がかかるため、前後左右の筋力バランスの乱れにつながります。
身体のバランスが乱れて肩こりや首の痛み、腰痛などを発症するケースも少なくありません。
下の顎が小さい下顎後退・上の顎が大きい上顎前突では顔がうつむきがちになり、背中が曲がって猫背になる場合もあります。
成人の頭の重さは平均4~6kgあり、顎が正しい位置に治まっていないと全身の筋肉や骨格に大きな影響を及ぼしてしまいます。
顎の痛み・口の開閉障害
顎変形症により噛み合わせが悪い状態が続くと、慢性的に顎の関節に負担がかかり顎関節症となる場合も少なくありません。
顎変形症だけでは痛みはありませんが、顎関節症を発症すると強い痛みが生じて、お口の開閉もしづらくなります。
顎関節症は自然治癒も少なくありませんが、顎変形症を原因とする場合は顎の歪みを治療しないと根本的には改善しないでしょう。
しわ・たるみの原因
顎変形症の患者さんはお口の開閉がしづらいため、筋肉が過緊張したり弛緩したりしていることが少なくありません。
お口を閉じにくい方が頑張って閉じると、顎の先端に梅干しのようなしわができます。
逆にお口を常に開けた状態でいると、筋肉が弛緩してフェイスラインがたるんでくることがよくみられます。
顎変形症の方はもともと見た目に悩みを抱えている場合がありますが、加齢による顔の変化も大きくなるため、美容面でも重大な問題となるでしょう。
睡眠時無呼吸症候群のリスク
顎変形症のうち、下顎が極端に小さい方は気道が圧迫されやすく、睡眠時無呼吸症候群を伴うことがあります。
睡眠時無呼吸症候群は睡眠中に数十秒間呼吸が止まってしまう病気で、苦しくて目を覚ますと呼吸を再開しますが、眠ると再び止まってしまいます。
これが朝まで続くと睡眠の質が極端に低下し、日中の眠気や睡眠不足による体調不良などに悩まされるのが主な症状です。
呼吸が止まると血中酸素濃度が低下し、それを補うために心臓が強く働いて高血圧や動脈硬化のリスクも高まります。
酸素不足から代謝が低下し、肥満になりやすくなるなど、さまざまな不調の原因となりやすい病気です。
苦しさや気道の狭さからとても大きないびきをかくケースもあり、家族から指摘されて病院に訪れる患者さんも少なくありません。
まとめ
顎関節症と顎変形症の違いや、それぞれの原因と治療方法を解説してきました。
一時的な痛みなど、顎関節に何らかのトラブルを経験したことのある方は全人口の7~8割といわれており、ごく一般的なトラブルです。
顎関節症は関節や筋肉の一時的な炎症であり、保存療法が基本で、患者さん自身の日頃からのケアが重要になります。
顎変形症は骨の歪みであるため大がかりな治療が必要で、患者さん自身の負担も大きいですが、悩みの深さから治療を決意する方が少なくありません。
顎の歪みは顔貌にも大きく影響し、食事や会話の快適性が高まれば生活の質が大きく向上するでしょう。
顎関節症も顎変形症も治療可能な病気ですので、まずは歯科か口腔外科にご相談ください。
参考文献