口の中がネバネバして話しにくい。乾いた食べ物が噛みにくく、飲み込みにくい。そんな症状が目立つようになった場合は、口腔乾燥症が疑われます。唾液の分泌量が減少することで生じる症状で、高齢になるほど口の乾燥や喉の渇きに悩まされる人が多くなっています。ここではそんな口腔乾燥症の症状や原因、治療方法などを詳しく解説します。若年者で口腔乾燥症を予防したいという人も、このコラムを参考にしてみてください。
口腔乾燥症の症状
はじめに、口腔乾燥症の症状や原因について解説します。
口腔乾燥症とは
口腔乾燥症とは、口腔内の粘膜が乾燥する症状を指します。これは、唾液の分泌量が減少したり、唾液が粘つくことで生じたりすることが多く、単なる乾燥感だけでなく、口腔粘膜の違和感や入れ歯の不快感、粘膜の痛みといった様々な症状を伴うことがあります。平成13年度に厚生労働省が実施した「高齢者の口腔乾燥症と唾液物性の研究」によると、高齢者の27.7%が常に口腔乾燥感を感じていると報告されています。
さらに、65歳未満の若年層でも、常に口腔乾燥感を自覚している人が10.5%、軽度の乾燥感を含めると全体の35.1%が口腔乾燥症(ドライマウス)の症状を持っていることが分かりました。これにより、口腔乾燥症は年齢に関係なく広く認められる症状であることが示されています。
口腔乾燥症の症状は多岐にわたります。例えば、唾液の減少は口腔内の潤滑作用が低下するため、食べ物が飲み込みにくくなったり、話すことが困難になったりすることがあります。また、唾液には抗菌作用があるため、分泌量が減ると口腔内の細菌が増殖しやすくなり、むし歯や歯周病のリスクも高まります。さらに、口腔乾燥症は口臭の原因にもなり得ます。
高齢者では、唾液腺の機能低下や薬の副作用が原因で口腔乾燥症が起こりやすくなります。特に抗うつ薬や降圧薬、利尿薬などは唾液分泌を抑制することが知られています。一方、若年層においてもストレスや自律神経の乱れが原因となることがあります。
口腔乾燥症の具体的な症状
口腔乾燥症の初期段階では、「口の中が乾く」「口がねばねばする」といった症状が現れます。これが進行すると、舌のざらつき感や舌の痛み、入れ歯の装着不良、味覚異常などの問題が出てきます。この時期に多くの患者さんが歯科医院や口腔外科を訪れます。
さらに、口腔乾燥症が進行すると、舌の表面のブツブツが目立たなくなり、口腔粘膜が赤くなることがあります。口の角が赤くなることも特徴的です。このような症状が進むと、続発症としてむし歯や歯周炎が増加し、これに伴う口臭や口腔カンジダ症などが生じることがあります。
口腔乾燥症は、唾液の分泌量が減少することで引き起こされます。唾液には口腔内を潤滑し、食べ物の消化を助けるだけでなく、抗菌作用や歯の再石灰化を促す役割があります。そのため、唾液の分泌が減ると、口腔内の健康が損なわれるリスクが高まります。
特に、唾液の抗菌作用が低下することで細菌が増殖しやすくなり、むし歯や歯周炎のリスクが高まります。口腔カンジダ症は、口腔内の常在菌であるカンジダ菌が過剰に増殖することで発症し、痛みや灼熱感を伴うことがあります。また、口臭はこれらの問題が複合的に影響し、日常生活に大きな支障をきたすことがあります。
口腔乾燥症の原因
口腔乾燥症は唾液の分泌量が減少することにより、口渇と呼ばれる口の乾きが引き起こされる症状です。口渇の原因は多岐にわたり、主に唾液の分泌量が減少すること、水分喪失による脱水、そして脳の視床下部にある渇中枢の刺激が関係しています。また、唾液分泌神経の働きを抑制する薬の使用、精神的な緊張、満腹感なども口渇に影響を与える要因となります。このように、口腔乾燥症の背後にある原因は非常に複雑です。
口腔乾燥症は大きく分けて以下の四つの原因に分類されます。
1. 腺因性
腺因性の口腔乾燥症は、加齢による唾液腺の萎縮やシェーグレン症候群のような慢性の萎縮性唾液腺炎、さらに口腔癌の治療で行われる放射線治療による唾液腺の萎縮などが原因です。これらの状態では唾液の分泌が直接的に減少し、口腔乾燥症を引き起こします。
2. 薬物性
薬物性の口腔乾燥症は、多くの薬が唾液の分泌を抑制することによって発生します。主な薬物には抗うつ薬、向精神薬、降圧剤、利尿剤、抗けいれん薬、抗パーキンソン病治療薬、抗ヒスタミン薬などが含まれます。これらの薬を服用することで唾液の分泌が減少し、結果として口腔乾燥症が生じます。
3. 全身性代謝疾患
全身性代謝疾患が原因で口腔乾燥症が発生することもあります。これには、熱性疾患、脱水症、下痢、糖尿病、脳や腎疾患による尿崩症などが含まれます。これらの疾患は体内の水分バランスや代謝に影響を与え、唾液の分泌が減少する結果、口腔乾燥症が引き起こされます。
4. 神経性
神経性の口腔乾燥症は、唾液分泌を制御する神経系に問題がある場合に発生します。具体的には、顔面神経や舌咽神経の障害、極度の精神緊張、自律神経障害などが原因となります。これらの状態では神経が正常に機能せず、唾液の分泌が抑制されてしまいます。
口腔乾燥症の予防と管理には、これらの原因を理解し、それぞれに応じた対策を講じることが重要です。例えば、薬物性の口腔乾燥症であれば、医師と相談して薬の種類や服用方法を見直すことが考えられます。全身性代謝疾患が原因の場合は、基礎疾患の治療を優先することが求められます。神経性の問題については、ストレス管理や神経機能の改善を目指した治療が有効です。
口腔乾燥症の検査方法
口腔乾燥症では、次の検査が実施されます。
唾液量検査
・サクソンテスト
サクソンテストでは、ガーゼに吸収された唾液量を測定します。まず、ガーゼの初期重量を測定し、その後、ガーゼを2分間噛んで唾液を吸収させます。2分後にガーゼの重量を再測定し、その差を唾液分泌量として記録します。この方法では、2g以下の増加が唾液分泌の低下を示す基準とされています。
・ガムテスト
ガムテストは、ガムを噛みながら10分間に分泌される唾液量を測定する方法です。唾液の採取方法は、安静時唾液の採取と同様に行います。厚生労働省が定めたシェーグレン症候群の診断基準では、10分間で10mL以上の唾液が基準となっており、これを下回る場合は唾液分泌が減少していると判断されます。
口唇生検
口唇生検は、下唇の内側から小唾液腺を摘出して病理組織学的に調査する方法です。切開線は約1cm程度で、1~2針で縫合し、約1週間後に抜糸を行います。手術前には局所麻酔を施します。この検査はシェーグレン症候群の診断に役立つとされています。
血液検査
血液検査もシェーグレン症候群の診断に用いられます。シェーグレン症候群の診断基準には特定の血液検査項目が含まれており、これらの検査結果をもとに診断が行われます。
各検査は、それぞれ異なる側面から唾液分泌の状態や原因を評価するために用いられます。口腔乾燥症の診断と治療には、これらの検査を組み合わせることで、より正確な診断が可能となります。
◎シェーグレン症候群とは
シェーグレン症候群は、涙腺や唾液腺など全身の外分泌腺に慢性的な炎症が生じ、これにより外分泌腺が破壊される病気です。その結果、ドライアイやドライマウスといった乾燥症状が現れます。この病気の主要な原因の一つと考えられているのは、免疫系が自分自身の組織を誤って攻撃する「自己免疫」という現象です。
免疫系は本来、細菌やウイルスなどの外敵から体を守るために働きますが、自己免疫現象ではこの防御システムが自分自身の組織を攻撃します。シェーグレン症候群では、様々な自己抗体(自己の成分に対する抗体)が出現し、自己反応性リンパ球(自己抗原に反応するリンパ球)が存在することが研究によって明らかになっています。しかし、自己免疫がどのように発生するのかについては、まだ完全には解明されていません。
シェーグレン症候群の診断と治療には、ドライアイやドライマウスなどの症状の評価とともに、血液検査による自己抗体の検出が重要です。自己免疫のメカニズムをさらに解明することは、この病気の治療法の開発においても重要な課題となっています。
口腔乾燥症の治療方法
口腔乾燥症の治療法は、原因療法と対症療法の2つに大きく分けられます。
原因療法
原因療法は、口腔乾燥症の根本的な原因を取り除く治療法です。糖尿病などの基礎疾患がある場合は、その治療を最優先します。また、薬の副作用が原因であれば、薬剤の変更や減量を検討します。ストレスが原因となっている場合は、ストレス対策が必要です。これには、カウンセリングやリラクゼーション法、生活習慣の見直しなどが含まれます。
対症療法
対症療法は、乾燥や痛みなどの症状を和らげるための治療法です。以下の方法があります。
- 人工唾液や保湿ジェル:口の中の保湿を助けるために使用します。
- ガムを噛む:唾液の分泌を促す効果があります。
- 唾液腺マッサージ:唾液腺を刺激して分泌を促進します。
- 唾液分泌促進薬:薬によって唾液の分泌を増やします。
- 漢方薬:口腔乾燥症に有効な漢方薬も利用されます。
これらの治療法を組み合わせることで、患者の症状を緩和し、生活の質を向上させることができます。症状や原因に応じて最適な治療法を選択することが重要です。
口腔乾燥症のセルフチェック方法
口腔乾燥症は、次の項目でセルフチェックできます。
- 口の中がネバネバする
- 話しにくさを感じることが多い
- 口の乾きが長期間続いている
- 義歯の装着で粘膜が傷つきやすい
- 口内炎が頻繁にできる。
- のどの渇きを感じるタイミングが早い
- 就寝中にのどの渇きで目が覚めることが多い
- 乾いた食品が嚙みにくい、のみ込みにくい
- 乾いた食べ物を飲み込む際に水を飲むことが多い
- 食べ物がのみ込みにくくなったと感じる
- 口臭を指摘されることが多くなった
- あごの下が腫れる
この中に当てはまるものがひとつ、もしくは複数ある場合は一度、専門の医療機関を受診して、口腔内の状態を診てもらいましょう。
口腔乾燥症の予防方法
口腔乾燥症は、次の方法を実践することで予防しやすくなります。
水分をこまめに摂る
口腔乾燥症の予防では水分補給が基本となります。唾液の分泌を助け、口腔内を潤すために、次の点に注意しましょう。
◎定期的な水分摂取
一日に少量ずつ頻繁に水を飲むことで、口の中を潤し、唾液の分泌を促進します。特に、運動後や起床時には水分を補給することが大切です。
◎水分補給のタイミング
食事中や食後に水を飲むと、食べ物をスムーズに飲み込む手助けになります。また、就寝前にもコップ一杯の水を飲むことで、夜間の口渇を防ぐ効果があります。
◎カフェインやアルコールの摂取を控える
これらの飲料は利尿作用があり、体内の水分を減少させるため、摂取を控えるか、適度にすることが望ましいです。
マスクをする
マスクの着用は、口腔内の乾燥を防ぐための効果的な方法です。特に乾燥した環境や空気が乾燥する季節には有効です。
◎湿度の保持
マスクをすることで、呼吸時に吐き出す水蒸気がマスク内に留まり、口腔内の湿度を保つ助けになります。これにより、唾液の蒸発が抑えられ、口腔内の乾燥が軽減されます。
◎温度の保持
マスクは外気との温度差を和らげるため、口腔内の温度を適度に保ち、乾燥を防ぎます。
◎適切なマスクの選択
不織布マスクや布マスクを選び、清潔に保つことが重要です。特に就寝時には、肌触りの良い布マスクが快適でおすすめです。
むし歯になりにくいガムを噛む
ガムを噛むことは、唾液の分泌を促進する効果があります。特にむし歯になりにくいキシリトール配合のガムを選ぶと良いでしょう。
◎唾液の分泌促進
ガムを噛むことで顎の筋肉が動き、唾液腺が刺激されて唾液の分泌が促進されます。これにより、口腔内が潤い、乾燥が防がれます。
◎むし歯予防
キシリトールガムは、むし歯の原因となる酸を中和し、歯の再石灰化を促進する効果があります。これにより、口腔乾燥症とむし歯の予防が同時にできます。
◎ガムを噛むことを習慣にする
食後や間食後にガムを噛む習慣をつけると、唾液分泌が日常的に促進され、口腔内の健康が維持されます。
唾液腺をマッサージする
唾液腺マッサージは、直接的に唾液の分泌を促進する方法です。次の手順でマッサージを行いましょう。
◎耳下腺マッサージ
耳の下から顎のラインに沿って、指の腹で円を描くようにマッサージします。これにより、耳下腺が刺激され、唾液の分泌が促進されます。
◎顎下腺マッサージ
顎の下の内側に指を置き、優しく押しながらマッサージします。顎下腺を刺激することで、唾液の分泌が増加します。
◎舌下腺マッサージ
舌の下に指を置き、軽く押し上げるようにマッサージします。舌下腺の刺激により、唾液の分泌が促進されます。
◎定期的な実施
毎日数分間、これらのマッサージを行うことで、唾液腺の機能が活性化され、口腔乾燥症の予防に役立ちます。
編集部まとめ
今回は、口腔乾燥症の症状や原因、治療法などを解説しました。口の乾燥や喉の渇き、飲み込みにくさなどに悩まされる症状で、その背景には糖尿病などの深刻な病気が潜んでいる場合もあります。それだけに「たかが口の乾き」とは軽視せず、口腔乾燥症の症状が認められた場合は一度、専門の医療機関で診てもらうことが推奨されます。比較的軽度の口腔乾燥症であれば、保湿ジェルの塗布や唾液腺マッサージ、ガムを噛む、といった対症療法で症状の改善が見込める場合もあります。
参考文献