小さい頃から顎の形やバランス、噛み合わせに異常を感じていたら、顎変形症という病気かもしれません。顎が変形する病気で、遺伝的な要因が強く関係しています。顎変形症は、単なる出っ歯や受け口よりも重篤な症状が現れやすいため、適切な対処が求められます。
この記事では、顎変形症の原因や症状、治療方法などを詳しく解説します。顎変形症が疑われたり、顎変形症による症状に悩まされたりしている方は参考にしてみてください。
顎変形症とはどのような疾患か
顎変形症とは、上下の顎の骨の大きさや位置関係に異常があり、顔貌の左右非対称や噛み合わせの不正を引き起こす疾患です。
見た目の問題だけでなく、食事や会話に支障をきたすこともあり、日常生活に大きく影響することがあります。一般的には、受け口(下顎前突)、出っ歯(上顎前突)、開咬(前歯が閉じない状態)、顔のゆがみ(非対称)などが代表的な症状です。
顎変形症は、単なる歯並びの問題ではなく、顎骨自体の発育異常や位置のズレが原因であるため、歯列矯正のみでは十分な改善が見込めないケースが多く、外科的矯正治療(顎矯正手術)を併用することが少なくありません。
◎顎変形症が顕在化する時期
顎変形症は、思春期から成人期にかけて明確な症状として現れ、成長期の間に徐々に顎のずれが顕在化していきます。
発見が遅れると、むし歯や歯周病、顎関節症などの二次的な問題を引き起こすリスクも高くなるため、早期の診断と適切な治療が重要です。発音障害や睡眠時無呼吸症候群の一因となることもあり、審美目的にとどまらず、機能回復を目的とした医療行為として矯正歯科や口腔外科で対応されます。
顎変形症は遺伝するのか
顎変形症の発症には、遺伝的要因と環境的要因の双方が関与しているとされています。
遺伝的な要因としては、骨格の形態や成長パターン、筋肉の付き方などが親から子へ受け継がれることがあります。家族に受け口や出っ歯などの顎骨の異常がある場合、同様の傾向が子どもに現れることは少なくありません。
顎変形症の患者さんのなかには、両親または祖父母に同様の特徴を持つ方がいます。下顎前突(受け口)や上顎劣成長による開咬などは、遺伝しやすい傾向と考えられています。
一方で、後天的な習癖や成長環境も発症に影響を与えることがわかっています。
幼少期の指しゃぶりや口呼吸、舌突出癖、頬杖などの習慣は、顎の正常な発育を妨げ、骨格の歪みを助長する可能性があります。鼻疾患やアデノイド肥大による慢性的な鼻閉があると、口呼吸が習慣化しやすく、下顎が前方に成長しやすくなることも報告されています。
顎変形症を予防または早期に対処するためには、家族の骨格的特徴を把握しておくことも重要で、成長期のお子さんに顎の位置や噛み合わせの異常が見られた場合は、早めに歯科医師に相談することをおすすめします。
顎変形症の診断は、単に歯列を見るだけではなく、頭部X線規格写真(セファログラム)などの画像診断や、顎の運動機能検査などが必要です。総合的に評価したうえで、症状の程度に応じた治療計画が立てられます。
顎変形症が診断され、咀嚼障害や構音障害などの機能障害があると認められた場合には、健康保険の適用対象となることもあります。治療に対する負担を軽減するためにも、正確な診断と適切な手続きが重要です。
顎変形症の遺伝以外の要因
顎変形症は、遺伝以外の要因によって誘発されることもあります。具体的には、以下の3つが挙げられます。
成長期の生活習慣や姿勢の影響
顎変形症は遺伝だけでなく、成長期の生活習慣や姿勢の影響も大きな要因となります。顎や顔面の骨は思春期までの成長過程で形づくられるため、この時期に不適切な生活習慣があると骨格に悪影響を及ぼすことがあります。
例えば、長時間のスマートフォンやゲームによる前傾姿勢、頬杖をつくクセ、うつぶせ寝などは、頭部と顎に不均等な力がかかり、下顎の左右非対称や歪みを助長する要因となります。舌の位置や飲み込み方のクセ(異常嚥下癖)も、上顎や下顎の成長方向に偏りを生じさせることがあります。
成長期の子どもでは、これらの癖が顎の発育に直結するため、早期に正しい姿勢や舌の使い方を指導することが大切です。
外傷や口呼吸の影響
顎変形症の一因として、外傷や口呼吸の習慣も影響することがあります。顎の骨に強い衝撃を受けた場合、骨の成長軸が変化したり、顎関節にダメージが加わったりすることで、左右のバランスが崩れることがあります。成長期にこのような外傷を受けると、非対称な発育につながる可能性が高まります。
慢性的な鼻炎やアレルギー性疾患による鼻づまりにより、日常的に口呼吸が続くと、口元が常に開いた状態になり、下顎が前方へ突き出しやすくなります。
舌が本来あるべき上顎の位置ではなく下に落ちた状態が続くことで、上顎の成長が抑制され、結果的に受け口や開咬を引き起こす原因となってしまいます。環境的な要因も顎変形症の発症に深く関係しており、単なる習慣と放置するのではなく、日頃からの口腔管理が重要です。
ホルモンや代謝異常などの影響
ホルモンバランスや代謝異常も、顎骨の発育に影響を与える要因の一つです。成長ホルモンの分泌異常や甲状腺ホルモンの異常は、骨の成長スピードや発育バランスに影響を及ぼすことがあり、顎変形症の背景にこうした内分泌異常が関与している場合もあります。
例えば、先端巨大症など成長ホルモンの過剰分泌が起こると、顎骨をはじめとする顔貌が大きくなることがあります。骨の代謝異常やビタミンD欠乏も骨格の変形を招くリスクがあります。
全身的な疾患が関係しているケースでは、歯科だけでなく、内科や小児科と連携した対応が必要になることもあるでしょう。症状が顕著な場合には、精密な検査や血液検査なども行って包括的な評価が求められます。
顎変形症のタイプと特徴
顎変形症といっても患者さんによって症状の現れ方が異なります。ここでは顎変形症のタイプを下顎前突、上顎前突、顔面非対称の3つに分けて解説します。
下顎前突(受け口)
下顎前突とは、下顎が上顎よりも前方に突出している状態を指します。
一般的には、受け口と呼ばれており、前歯の噛み合わせが逆になっているのが特徴です。見た目の印象は、顎が突き出して見えることが多く、横顔の輪郭に影響を与えます。
下顎前突は上顎の成長不足、または下顎の過剰成長、あるいはその両方が原因で起こります。発音や咀嚼機能にも影響を及ぼし、将来的に顎関節症を発症することも少なくありません。症状が軽度であれば矯正治療で改善可能ですが、重度の場合は外科的矯正治療が必要になるでしょう。
上顎前突
上顎前突は、いわゆる出っ歯と呼ばれる状態で、上顎の前歯が前方に突き出していることが特徴です。見た目の問題に加え、お口が閉じにくいために口呼吸になりやすく、むし歯や歯茎の炎症、ドライマウスを引き起こすリスクがあります。
上顎前突は、上顎の過成長または下顎の成長不足によって生じます。幼少期の指しゃぶりや舌癖などが原因となることも少なくありません。噛み合わせが合わなくて、奥歯への負担が増えてしまい、歯の摩耗や歯周病のリスクが高まるため早期の対処が望まれます。
顔面非対称
顔面非対称は、左右の顎の大きさや位置にズレがある状態で、鏡で見たときに顔の中心がずれていたり、片側だけ口角が下がっていたりするように見えるのが特徴です。
顔面非対称は、下顎の左右どちらか一方の成長異常によって起こることがあり、顎関節の機能にも影響を及ぼすことがあります。
顔面非対称は歯の咬合面にも大きな不均衡をもたらすため、片噛みが習慣化して、筋肉や関節に負担がかかる原因にもなります。骨格的な非対称が強い場合は、外科手術による矯正が必要となり、見た目だけでなく機能面の回復も治療の目的となります。
顎変形症の主な症状
顎変形症では、次に挙げるような症状が現れます。
咀嚼・発音への支障
顎変形症では、上下の顎の骨格が正常に噛み合わないことで、食べ物をうまく噛み切れない、咀嚼のたびに片側の歯だけに負担がかかるといった問題が生じやすくなります。
噛み合わせの不均衡によって、一部の歯に過剰な力が加わり、むし歯や歯茎の炎症、さらには歯の摩耗を引き起こす原因になることも少なくありません。
歯と歯の隙間から空気が漏れることにより、サ行やタ行などの発音が不明瞭になり、発音障害を引き起こしてしまうこともあります。成長期の患者さんでは、言語発達や学校生活におけるコミュニケーションに影響する可能性もあるため早期の対応が必要です。
顎関節の痛みや頭痛
顎変形症の患者さんのなかには、噛み合わせのズレによって顎関節に過度な負担がかかり、顎関節症を併発するケースも少なくありません。顎関節症の主な症状には、顎を動かす際の「カクカク」とした音や痛み、お口が大きく開かない開口障害などが挙げられます。
顎の筋肉に持続的な緊張がかかることで、肩こりや緊張型頭痛、症状がひどい場合は、耳鳴りやめまいなどの全身症状にも影響することがあります。
顎関節や身体の症状は、日常生活の質を著しく低下させる要因となるため、噛み合わせと関節の関係を正確に診断し、適切に治療することが重要です。
顔貌変化と心理的ストレス
顎変形症は、骨格の不調和が外見にも影響する疾患です。例えば、下顎が突き出た「受け口」や、口元が出ている「上顎前突」、顔の左右のバランスが崩れた「顔面非対称」など、見た目の変化が顕著に現れます。
外見上の問題は、思春期の患者さんにとってはコンプレックスとなりやすく、視線を気にして会話を避けたり、笑顔に自信が持てなくなったりするなど、心理的なストレスにつながりかねません。
精神的負担が長期間にわたると、自己肯定感の低下や対人関係の不安にも影響することがあるため、歯科的なアプローチだけでなく心理的サポートが必要になることもあるでしょう。
顎変形症の治療方法
顎変形症の治療方法としては、成長期矯正治療、カムフラージュ矯正治療、外科的矯正手術の3つが挙げられます。
成長期矯正治療
顎変形症が疑われる場合でも、成長が終わる前であれば骨格の発育をコントロールする矯正治療(成長期矯正)が可能です。特に小児期や思春期の段階では、上顎や下顎の成長を促したり抑えたりする装置を用いて、骨格のバランスを整えることができます。
例えば、下顎が過度に前方へ成長する傾向がある場合には、成長を抑制する機能的矯正装置を使用し、骨の成長をコントロールします。早期にこうしたアプローチを行うことで、将来的に外科的治療が不要になる、あるいは外科手術の規模を小さく抑えることが可能になります。
カムフラージュ矯正治療
骨格的な異常が中等度である場合には、カムフラージュ矯正と呼ばれる歯列矯正によって、噛み合わせと見た目を自然に整える方法が選択されることもあります。
顎の骨自体には手を加えず、歯を動かすことで外見と機能のバランスを取り戻す治療方法です。例えば、下顎前突のケースでは、上顎前歯を前方に、下顎前歯を後方に動かして、見た目上の改善を図ることがあります。ただし、顎骨そのものの位置異常が大きい場合には、根本的な解決にはならず、無理な歯の移動が歯周組織に悪影響を及ぼす可能性もあるため、適応症例は慎重に判断する必要があります。
外科的矯正手術
骨格的なズレが大きく、矯正単独での対応が困難な場合には、外科的矯正手術(顎矯正手術)が検討されます。歯列矯正で噛み合わせを整えたうえで、顎の骨を外科的に適切な位置へ移動させる治療方法です。
手術の対象は、通常、骨格の成長が終了した18歳前後からが一般的で、上下顎の骨を分割し、固定することによって、機能的かつ審美的な回復を目指します。術後は、さらに仕上げの矯正を行って咬合を安定させます。
この治療は健康保険が適用されることもあり、事前に顎口腔機能診断施設での診断と所定の手続きが必要です。手術に対する不安を感じる患者さんも少なくありませんが、専門医のもとで適切に管理されれば、多くの患者さんが満足のいく結果を得ている施術方法です。
まとめ
今回は、顎変形症を誘発する要因や症状、治療方法などについて解説をしました。顎の形や大きさの異常によってさまざまな症状を引き起こす顎変形症は、親から子へと遺伝することはありますが、それ以外の要因によって誘発されることもある点に注意が必要です。
小児期の顎変形症は、早期に診断を受けることで矯正治療による改善が見込める場合もありますので、お子さんの顎に異常を感じたら、まず矯正歯科に相談することが推奨されます。
参考文献