お口の中にできるがんのうち、歯肉(歯茎)に発生するものを歯肉がんと呼びます。初期にみられる症状が、口内炎や歯周病と似ているため見逃されやすいがんの一つです。本記事では、歯肉がんの基礎知識から症状の見分け方、治療法、そして治療後の再発予防策まで、詳しく解説します。
歯肉がんの基礎知識

歯肉がんについて正しく理解するために、まず歯肉がんがどのような疾患なのか、どこに発生しやすいのか、そして何が原因となるのかについて詳しく見ていきましょう。
歯肉がんの定義と発生部位
口腔(こうくう)とはお口の中を指します。口腔がんはお口の中にできる悪性腫瘍のことで、舌、上下の歯肉(歯茎)、頬の内側の粘膜、お口の上の方の硬いところなどに発生します。このうち歯肉にできるものを歯肉がんと呼び、口腔がん全体の約1/4を占めるといわれています。歯肉がんは上顎、または下顎の歯茎に発生し、それぞれ上歯肉がん、下歯肉がんといいます。下歯肉がんの方が多いとされています。
歯肉がんの原因とリスク要因
歯肉がんの明確な原因は完全には解明されていませんが、生活習慣や口腔内環境が大きく影響することがわかっています。主なリスク要因には次のようなものがあります。
- 喫煙
- 飲酒
- 慢性的な機械的刺激
- 口腔内の不衛生・慢性的な炎症
歯肉がんの主な症状と見分け方

歯肉がんの症状を正しく理解し、早期発見につなげるため、病期の進行に応じた症状の変化と、ほかの口腔疾患との見分け方について詳しく解説します。
初期症状で見逃されがちなサイン
歯肉がんを含めた口腔がん全体でも、初期にははっきりとした症状はないといわれています。多くの方が無症状であり、早期発見が難しくなります。
初期に現れる症状として多いのは、歯茎の粘膜の色が変わることです。歯茎の一部に赤い斑点が出たり、白っぽい膜が現れたりします。正常な歯茎のピンク色とは明らかに異なる色調を示し、表面がざらざらしてやや厚くなるような変化もみられます。また、歯茎の腫れや硬いしこりが見られることがありますが、初期には限局しています。
歯肉がんが進行した場合の症状
歯肉がんが進行すると、次第に症状がはっきりしてきます。
- 歯茎のただれや腫れがひどくなる
- しこりが大きくなる
- 潰瘍ができ、深く大きくなる
- 触れると簡単に出血する
- 周囲の組織を巻き込んで歯茎全体が腫れる
さらに病状が進行すると刺すような強い痛みがあり、何もしなくても痛むようになります。顎の骨や周囲の筋肉への浸潤が進むと下顎や顔面にかけて、しびれや麻痺がみられる方もいます。また、首のリンパ節に転移した場合は、下顎の下や首筋に硬いしこりが腫れることがあります。
一般的な口内炎や歯周病との見分け方
歯肉がんと口内炎、歯周病との鑑別は、早期診断において極めて重要です。口内炎や歯周病は、歯肉がんよりも圧倒的に頻度が高く、多くの方に見られます。歯茎などお口の中に異常がみられたとき、口内炎や歯周病などが原因かもしれないと考える方は少なくないでしょう。しかし、それが歯肉がんなど口腔がんの症状である可能性も否定できません。
口内炎との見分け方
見た目だけで、それが口内炎か歯肉がんかを判断するのはとても難しいのが現実です。初期の症状は、がんに特有の症状ではないからです。このため、気になる症状があれば、耳鼻咽喉科や歯科口腔外科に相談することが大切です。なかなか治らない口内炎は口腔がんの可能性があります。通常の悪性ではない口内炎は、強い痛みを伴うことはありますが、たいていは1~2週間ほどで自然に治ります。一方、歯肉がんの初期病変は、痛みが少ないまま、治らずに長期間残るか、徐々に悪化していきます。
歯周病との見分け方
歯周病と歯肉がんを見分けることも、通常は難しいことが多いとされています。歯肉がんは歯周ポケットから発生することが多く、歯茎からの出血や歯のぐらつきなど、歯周病とよく似た症状がみられるためです。
歯周病の場合は、適切な歯石除去など歯科医院での処置によって改善してくることも少なくありません。一方、歯肉がんでは歯茎の限られた一部に硬いしこりや潰瘍ができて、それが次第に大きくなります。歯周病では歯茎全体に炎症が広がりますが、歯肉がんでは特定の部位に限局した病変として現れます。また、歯周病治療を行っても改善せず、悪化していく場合は注意が必要です。
2週間以上治らない口内炎やそのほかのお口の中の異常があれば、医療機関を受診しましょう。
自宅でできるセルフチェックのポイント
歯肉がんの早期発見のため、定期的なセルフチェックが重要です。具体的なやり方を見ていきましょう。
まず、明るい場所で鏡を使用し、上下の歯茎全体を観察します。上唇、下唇をめくったり、頬を指で引っ張ったりして、まんべんなく確認しましょう。歯茎の裏側もしっかりと観察します。以下に挙げるポイントをチェックしましょう。
- 色の変化(赤色、白色、赤白混じったもの)がないか
- 表面が厚くなっていないか、ざらざらしていないか
- 潰瘍ができていないか
- 硬いしこりがないか
- 歯のぐらつきや、入れ歯の不具合がないか
これらをチェックした後は、首や顎の下も触って、リンパ節が腫れていないかも確認することが大切です。
歯肉がんの治療法

歯肉がんの治療は、がんがどこに発生したか、どの程度進行しているか、また、患者さんの全身状態などを総合的に評価して、適切な治療法を選択します。ここでは歯肉がんの治療法について具体的に説明します。
外科的切除(手術)
歯肉がんの治療において、外科的切除が第一選択となる治療法です。手術法はがんがどの程度進行しているかや、患者さんの状態によって選択されます。
下歯肉がん
下顎歯肉がんでは、がんが小さく、顎の骨への広がりがわずかである場合は、下顎の骨を一部削るように切除する方法をとります。しかし、がんが大きい場合や、下顎へ広がっていれば、下顎の骨も切除する必要があります。骨への広がりが浅ければ、下顎の骨の上半分だけを切除します。がんの広がりが深いときは、下顎の骨を切断する手術が行われることがあります。
上歯肉がん
上歯肉がんでは、歯茎にがんが限局しているような初期の場合でも、骨の切除が必要となることがあります。
放射線治療
放射線治療は、がんの治療において、手術、薬物療法と並ぶ3大治療法の一つです。手術と同じように、局所(がんのある部分を狙う)治療です。腫瘍に対して放射線を当て、がん細胞を破壊します。歯肉がんを含む口腔がんでは手術が基本の治療とされていますが、病状や全身状態に応じて放射線治療が行われることがあります。
手術の前にがんを小さくする目的や、手術の補助となる治療として手術後に放射線治療が選択されることがあります。いずれの場合も、抗がん剤による治療と組み合わせる可能性があります。
化学療法(抗がん剤)
化学療法とは、抗がん剤と呼ばれる薬を使って、がん細胞を攻撃する治療です。歯肉がんを含む口腔がんでは、化学療法のみで根治を目指すことは少なく、主にほかの治療と組み合わせて用いられます。
進行した口腔がんでは、手術の後に抗がん剤と放射線を組み合わせた化学放射線治療を行い、再発の危険性を低くすることを目指します。さらに、全身状態やがんの広がりによって手術が難しい場合には、抗がん剤と放射線を組み合わせた化学放射線療法が主な治療法となることがあります。
近年、再発・転移のある口腔がんに対しては新しい薬物療法も登場しており、以下のような薬剤があります。
- 免疫チェックポイント阻害薬(免疫の力を利用してがんを攻撃する)
- 分子標的治療(がん細胞に発現する特定の分子を狙う)
再建手術と機能回復に向けたケア
歯肉がんの手術で顎の骨や歯茎を広範囲に切除した場合、外見の変化や口腔の機能の低下が問題となります。手術での歯肉がんの切除によって欠損した部分を補うための手術を、再建手術といいます。歯肉がんの再建手術では、患者さんの身体の別の部分を用いるか、もしくは金属などの人工の材料を使用します。
下歯肉がん
下歯肉がんの手術で生じた骨の欠損に対しては、すねの骨や肩甲骨などの骨や金属のプレートを用いて再建術が行われます。すねの骨を使う場合は、2~3週間ほど歩行できなくなることが多いとされています。また、金属プレートを使用した場合は、感染のリスクが高まる可能性があります。
また、失った歯については、手術後の傷が落ち着いた時点で、顎義歯(がくぎし)という特殊な義歯を作成することがあります。また、近年では、手術後に移植した骨(例えば肩甲骨やすねの骨)に歯科インプラント(人工歯根)を埋め込み、入れ歯をしっかり支える方法が保険診療で受けられるようになりました。
上歯肉がん
上歯肉がんが進行していた場合は、手術の後に大きく切除することで、お口の中と副鼻腔と呼ばれる鼻の奥の空洞がつながってしまうことがあります。つながったままでは飲み込みの機能が落ちたり、言葉をはっきり発音しにくくなったりするため、義歯を使って副鼻腔を閉鎖する手術が必要となります。また欠損が大きい場合は、太ももなどから皮膚および皮下の組織を持ってきて、欠損した部分を補う手術をすることもあります。
機能回復に向けたケア
再建術を行った後は、リハビリテーションがとても大切な役割を果たします。言語聴覚士(げんごちょうかくし)と呼ばれる、言葉を話すことや飲み込みの機能の専門的なスタッフとともにリハビリテーションを行います。患者さんそれぞれに合わせたリハビリのプログラムを、手術の後なるべく早い時期から行うことがすすめられています。
治療後の生活で取り組みたい再発予防策

歯肉がんの治療後は、再発予防と早期発見のための取り組みが極めて重要です。再発が少なくないともいわれており、継続的な管理が必要です。
日々の口腔ケアを丁寧に行う
歯肉がんの治療の後は、毎日の口腔ケアをこれまで以上に徹底することが、再発予防につながります。手術や放射線治療の影響で、お口の中はデリケートな状態になっています。治療後は特に細菌による感染症や粘膜の傷に注意が必要です。むし歯や骨への感染(骨髄炎)が起こることもあるため、お口の中の状態に十分に気を配りながら生活しましょう。
定期検診を忘れず受ける
治療の後は、手術をしてから1年間は1~2ヶ月に1回の受診が必要です。その後、患者さんそれぞれの状態によりますが、基本的には受診間隔は少しずつ広がっていきます。受診が大変に思われる方もいるかもしれませんが、とても大切です。5年間は継続的な受診が必要とされています。
再発や転移の兆候に注意する
治療が終わった後も、再発や転移の兆候に注意していくことが大切です。お口の中に硬いできものや腫れ、治りにくい傷や潰瘍などが再びみられないか常に気を配りましょう。また、鏡でのセルフチェックを継続し、首のリンパ節も定期的に触って、硬く触れたり、しこりができたりしていないか確認するようにしましょう。患者さん自身による日常的な観察が重要で、異常を認めた場合は必ず主治医に相談するようにしましょう。
歯肉がん治療に対応できる口腔外科の選び方

歯肉がんの治療に対応できる口腔外科はそう多くはありません。ここでは歯肉がん治療に対応できる口腔外科について、わかりやすく解説します。
歯肉がん治療の経験があるか
歯肉がんと診断されたら、その治療経験が豊富な医療機関で治療を受けることが望ましいです。歯肉がんはあまり多くは見られない疾患であり、一般の歯科医院や口腔外科では対応が難しいことが少なくありません。一方、大学病院の口腔外科や頭頸部(とうけいぶ)がんセンター、がん拠点病院の口腔外科などでは、年間を通して歯肉がんをはじめとした口腔がんの患者さんを受け入れています。かかりつけの歯科医院や口腔外科、耳鼻咽喉科がある場合は、必要に応じて専門の医療機関へ紹介してもらうのがよいでしょう。
チーム医療での対応が可能か
歯肉がんの治療は口腔外科や耳鼻咽喉科の医師だけでなく、多職種でのチーム医療が不可欠です。そのため、口腔外科や耳鼻咽喉科、頭頸部外科が関連している各科と連携して、包括的なケアを提供できるかも重要なポイントになります。専門知識を持った形成外科医、放射線科医、腫瘍内科医に加え、言語聴覚士や理学療法士、管理栄養士、看護師、ソーシャルワーカー(退院後支援を行う)など、多くの専門職が関わる必要があります。
歯科医師の説明が丁寧で納得感があるか
医療機関や担当医を選ぶ際には、「この先生に任せよう」と患者さん自身が納得、信頼できるかも大切です。歯肉がんの診断や治療法について、わかりやすく丁寧に説明してくれるかを確認しましょう。歯肉がんの治療は手術をはじめ患者さんの負担も大きく、治療や外来受診なども長期になることが多いため、主治医としっかり信頼関係を築くことが大切です。歯科医師や口腔外科医の説明が丁寧で納得感があるかどうか、しっかり確認しましょう。
まとめ

歯肉がんは歯茎に発生する希少ながんで、初期症状が歯周病や口内炎と似ているため早期発見しにくい病気です。治療の中心は手術による切除で、必要に応じて放射線治療や抗がん剤治療を組み合わせます。病状が進行してしまうと、手術で広い範囲の切除が必要となることがあります。初期のサインを見逃さず、早期に発見することが大切です。なかなか治りにくい口内炎など気になる症状がある場合は、早めに歯科医院や口腔外科、耳鼻咽喉科を受診しましょう。早期発見が何よりも大切です。
参考文献