顎関節突起骨折は思わぬ時に起こるものです。ちょっとした段差でつまずいて顔面を強打して顔面骨骨折した例も報告されています。
顎関節突起骨折は顎の関節を直接骨折した病状と勘違いされることがありますが、実は顔面のほかの部位に打撃を受けて誘発されて起こる骨折です。
顔面を損傷すると出血量の多さに動転して、病院で検査をして初めて顎関節突起骨折がわかる場合もあります。
顔面骨折は緊急手術が必要な骨折ではありませんが、実際に顎関節突起骨折が起こった時に慌てないように、本記事で症状や診断方法・後遺症などの理解を深めてもらえれば幸いです。
顎関節突起骨折とは?
顎関節突起骨折とは、顎関節に直接打撃を受けての骨折ではなく、顎に近い顔面に打撃を受けた影響で顎関節部位に力が加わり骨折する症状です。
下顎を骨折した場合に顎関節突起骨折になる頻度は高くなります。
顎関節は顔面にある唯一の関節ですが、咀嚼や会話などで柔軟な動きが要求される箇所でもあり、顎関節を骨折すると発音や食べ物の摂取などに支障をきたすでしょう。
なお、診断は耳の前の関節部の腫れや、痛み・開口障害などの症状により検査を実施して顎関節突起骨折と診断されます。
顎関節突起骨折の原因
顎関節突起骨折の原因はさまざまですが、子どもの場合は遊具からの落下や転倒などで顔を強打して起こることもあります。
また、作業事故や暴行・スポーツが原因で顔面に損傷を受け顎関節を骨折する事例も多いようです。
なお、骨折受傷原因の半分以上が交通事故ですが、交通事故のなかでも自転車やバイクによる転倒事故が目立っています。
年齢では20~50歳代の女性より男性の割合が圧倒的に多いですが、高齢者の転倒事故も注意が必要です。
高齢者が転倒すると骨が脆くなっているので顔面骨折のリスクは高く、痛みに対して我慢強い・粗食などの理由から骨折に気付くのが遅れることがあります。
顎関節突起骨折の症状
顎関節突起骨折は顎関節症に類似した症状がでます。また、顎関節突起骨折の症状は片側の顎関節だけにでることも多いようです。
また、骨折部位を補おうとして正常な方の関節にも痛みがでることがあるので、以下で解説する症状があれば早めに口腔外科を受診しましょう。
関節部の腫れ・痛み
顎関節突起骨折は顎関節部の腫れや痛みがでます。口を開けようとした時や物を噛もうとすると骨折部位が動くので激しく痛みます。
顔面骨折では内出血・顔面の腫れ・変形・痛みはよくある症状です。また、顎関節突起骨折は下顎骨骨折が多いですが、上顎の骨が折れる上顎骨骨折もあります。
上顎骨骨折は皮膚や粘膜の損傷および歯の脱臼・破折などを合併している場合が多く、顎関節の骨折に気付かない場合があります。上顎骨骨折で併発する骨折は以下のとおりです。
- 頬骨骨折
- 鼻骨骨折
- 口蓋骨骨折
- 眼窩骨折
- 頭蓋定骨折
頭蓋定骨折を伴うと髄液漏れなどがあるので注意が必要です。
開口障害
開口障害とは口が開きにくい症状です。開口障害は顎関節の円板が変形またはずれるなどで口を開ける動作の時に顎関節の動きを妨害して起こる障害です。
また、開口障害は口を開けようとすると円板が正常な位置に戻らず、関節頭が引っかかった状態になるので口が開きません。
顎関節突起骨折で開口障害が起きると、指2本が入る程度しか口が開かないので無理に開けようにも顎関節が痛くて開けられません。
開口訓練は骨折の治療後に行うことになるので、症状が2週間以上続くとずれた円板が癒着を起こすこともあり治療に時間がかかります。
なお、開口障害は誤嚥のリスクがあるため、食べ物を小さく刻んで飲み込みやすくしたり水分を多めにしたりなどの工夫が必要です。
奥歯(臼歯)の不正咬合
下顎には筋肉が多数あり骨折した骨が筋肉に引っ張られるので不正咬合が起きます。顎関節突起骨折は、奥歯の噛み合わせに咬合異常が生じるのです。
また、打撃により前歯が陥入(歯肉の中に歯がめり込む)する場合もありますが、没入箇所が左右片方に偏っていると奥歯の不正咬合は起こります。
奥歯の不正咬合は咀嚼がうまくいかない問題だけではなく、顔面以外の疾患の原因にもなるので注意が必要です。
なお、顎関節突起骨折の治療で骨折箇所の整復が完了しても不正咬合が改善できない場合は、歯科矯正治療が必要になる場合があります。
開咬
開咬は前歯の上下にすき間ができる症状です。奥歯の不正咬合により奥歯を噛み合わせると前歯にすき間ができる場合があります。
開咬は顎関節突起骨折の整復や開口訓練で治る場合もありますが、改善が見られない場合は歯列矯正の必要があります。
顎関節突起骨折の診断方法
顎関節突起骨折は腫れや疼痛・開口異常など特徴のある症状が多数現れますが、診断結果を確定するためには検査が必要です。
顎関節突起骨折の検査には顎関節症の検査方法が用いられます。そのためレントゲン撮影の単純撮影より高密度の撮影が可能で顎の変形がはっきりわかります。
パノラマ撮影法
パノラマ撮影法は、回転断層方式で開口ができない場合も撮影ができます。
スリット状のレントゲンで患者さんの周囲を後頭部から270度回転させながら曲面断層像を撮影します。撮影時間は15秒程です。
撮影領域が広く前歯から外耳道後方付近までとオトガイ(下顎の先端)から眼下縁までの撮影が可能です。骨の形態の変化の検出が目的の場合の撮影方法になります。
また、顎関節部のみの撮影も可能です。パノラマ撮影法は多くの一般歯科医院で活用されています。
後頭前頭方向投影法
後頭前頭方向投影法は、検出器の中心と体と頭部の真ん中を合わせて額と鼻先が検出器に接触するまで近づけます。
近づいた後、前傾するように10度程度頭部を傾斜させます。後頭前頭方向投影法は立位・座位・うつ伏せのいずれでも撮影が可能です。
後頭前頭方向投影法は後頭部の突起した部分の下あたりを中心に入射する撮影方法です。後頭前頭方向投影法は頭部全体または広範囲の顔面骨の正面像を観察できます。
外傷による顔面骨骨折の診断・頭部や顔の側方に向かって進展している疾患の観察に活用されます。
眼窩下顎枝方向投影法
眼窩下顎枝方向投影法は、後頭部をフィルムに接触させてエックス線が眼窩を通り顎の関節に斜め25度の傾斜で達するように撮影します。
眼窩下顎枝方向投影法を用いた撮影では、下顎頭内外側の変形や下顎の構造がよくわかるため下顎骨折の状態を詳細に観察できるでしょう。
ただし、撮影時には画像の重積を避けるために3cm以上開口しての撮影になるため、顎の骨折で口を開くことが困難な場合は眼窩下顎枝方向撮影は使用できません。
CT撮影
CT撮影は、エックス線管と検出器が対向した機械の中を寝台に寝た状態で撮影します。人体の周りを回転し、横断面を0.5mmにスライスしながらスキャンしていくのが特徴です。
スキャンした後は、各区域のエックス線吸収値をコンピュータで計算したものを画像化します。
CT撮影法では、顎関節症の円板転移の診断はできても形態までは観察が難しいとされています。
ただし、顎骨の形態は三次元画像や多断面画像を用いることで任意の方向からの観察が可能です。そのため、顎関節症以外の顎関節疾患に適しています。
顎関節突起骨折の治療法
ほとんどの顔面骨折は緊急手術は必要ありませんが、検査により治療後の顎の形態や機能の回復を考慮して、手術を行う治療か手術をしない治療の2択から選択します。なお、治療の手順は以下になります。
- 脳や目に異常がないかの確認と応急処置を行う
- 皮膚や粘膜の傷の処置と歯の応急処置を行う
- 炎症・感染予防・食事の管理や骨折部位と噛み合わせの検査を行う
- 骨折部位の整復
- 骨の固定
- 開口訓練
顎の骨折治療の目標は噛み合わせを正常な位置に戻すことです。
手術も1つの手法ですが噛み合わせは微妙なバランスが必要なため人間の治癒力で治せるのなら手術はしないに越したことはないでしょう。
保存的治療
保守的治療は手術を行わない治療方法です。整復の手順は以下になります。
- 1週間程腫れが引くのを待つ=腫れが引くと咬合が戻る場合がある
- 上顎と下顎に金属またはプラスチックの鉤を装着して輪ゴムをひっかける=引き合う力で咬合を戻す
- 折れた部位を挟んで連続した針金で固定する=骨折部位の安静のため
- 開口訓練
固定が長期間になると噛み合わせや骨の癒合などの異常が出る場合があるので、なるべく早めに開口訓練をする必要があります。
外科的治療
外科的治療(観血的整復固定術)は4つの切開方法があります。
- 経口切開:口の中からの切開
- 下顎下縁切開:口の外からの切開
- 下顎後方切開:下顎の外側の後ろからの切開
- 耳前部切開
いずれも骨を元の位置まで戻し整復固定します。ずれが大きい場合や歯周病やむし歯が著しい場合は手術が適しているでしょう。
ただし、若年者は後遺症のリスクを軽減するためなるべく手術は避けるべきと考えられています。
顎関節突起骨折の後遺症
顎関節突起骨折は関節組織のため、二次的にさまざまな関節症状を引き起こす可能性があります。また、骨折治療で長期間顎を固定することも後遺症の要因となります。
そのため、骨折の治療法には外的治療が適切であっても、非外的治療法を選択すべきとの見解もあるようです。
顎関節突起骨折には以下の後遺症が考えられます。顎関節突起骨折の後遺症を改善するためには早いうちからのリハビリ(開口訓練)が重要です。
咀嚼機能障害
咀嚼機能障害は、顎関節部の疼痛や腫れ・噛み合わせ異常が原因で起きます。
また、治療で長期間顎を固定するため開口幅が狭くなり咀嚼できなくなると咀嚼筋の動きが悪くなるでしょう。
口腔機能は咀嚼や嚥下などで食物からの栄養を体内に移送する基本的な機能です。また、唾液の分泌はむし歯や歯周病などの口腔疾患を減少させる作用があります。
そのため、咀嚼機能障害は人体に悪循環をもたらすのです。咀嚼機能障害は以下の症状を誘発すると考えられます。
- 食欲低下
- 栄養の偏りと不足
- 筋量や筋力の減少
- 運動機能の低下
- 免疫不全
- 代謝機能の低下
免疫不全は肺炎や感染症などの病気にかかりやすくなります。また唾液の分泌が減少するとむし歯や歯周病・糖尿病などの疾患を誘発するリスクが高くなるでしょう。
言語機能障害
顎関節突起骨折は言語機能にも障害がでます。口を大きく開くことができないため話す動作に制限がかかります。
また、コミュニケーションに支障が出ることで社会参加の機会が減少し、外出や人との付き合いを避けるようになるでしょう。家に閉じこもることが多くなると体力や意欲も減少します。
高齢者のうつ傾向が長引くと、認知症機能の低下にもつながるでしょう。高齢者が顎関節突起骨折で言語機能障害がある場合は、周りの人が他者との交流を積極的に促すようにしてください。
歯牙障害
顎関節突起骨折では歯牙障害が起きる可能性があります。歯牙障害とは骨折の原因による打撃で歯が欠けたり折れたりして起きる障害です。
歯牙障害がある場合は顎の骨折治療とともに歯の治療をする必要があります。
顎の関節の治療前は口を大きく開くことは難しいので応急処置になりますが、骨折の治療後にあらためて矯正歯科で診てもらいましょう。
また、顎関節突起骨折の治療期間は数ヵ月に及ぶ場合もあるので、歯の表面しか磨くことができずむし歯や歯周病のリスクが高まります。
歯磨きができない期間は朝夕殺菌効果のある洗口液で口をすすぐようにしましょう。
神経障害
顎関節突起骨折の治療で外科的治療を行った場合に顔面神経麻痺が出現する場合があります。
外科的治療(観血的整復固定術)に4つの切開方法がありますが、切開法の1つ経口切開法は口腔内で切開をするので術野が制限されます。
そのため、顎骨の整復や骨の接合が不十分になり、術後のプレートの緩み・接合部のずれが生じる可能性が高まるのです。
緩みやずれは外科的治療の合併症の顔面神経麻痺を危惧する要因となります。
ただし、下顎下縁切開法は切開部位を下顎下縁直下に設定できるので、顔面神経下顎縁枝の損傷を回避が可能で神経障害のリスクは減少します。
まとめ
本記事では、顎関節突起骨折の治療法や症状・診断・後遺症などを解説しましたが、顎関節の骨折は何気ない行動でも起こりえることです。
外出中に顎関節突起骨折が起きると、周囲の反応が気になったり出血量が多かったりして動転するとすぐには骨折と気付かないことがあります。
しかし、顎関節を骨折すると腫れや疼痛・片側だけの奥歯の不正咬合・口が開かないなどの特徴がでます。このような症状がある場合は、早急に口腔外科のある医療機関を受診しましょう。
なお、顎関節突起骨折の治療は数ヵ月かかる場合もあり、口腔ケアが不十分になる可能性が大きいのでむし歯や歯周病のリスクが高まります。
むし歯や歯周病は糖尿病を含めさまざまな疾患の要因となります。治療中は口腔内の洗浄を怠らないように注意しなるべく早く開口訓練が開始できるようにしましょう。
参考文献