舌がんとは、舌の前方2/3の範囲に生じるがんのことです。
患者さんが口内に違和感を感じたとき、鏡で舌の状態を確認して異変に気が付くことができるため、早期発見しやすいがんといわれます。
舌がんの治療では、がん化している部分を外科手術で切除するのが一般的です。
舌はスムーズな食事や発音に不可欠な臓器であるため、舌の治療とQOL(生活の質)は密接な関係にあります。
QOLを追求しながら舌がん治療を受けるために、舌がんの正しい手術の知識を得ましょう。
舌がんの手術法
舌がんの手術法では、がんが広がっている部分や範囲によって手術方法が異なることを理解しておきましょう。
舌がんは多くのケースで、舌の先端から2/3の筋肉で動かすことができる部分、舌体(舌可動部)の側面から発生します。
それが舌全体、舌の根本である舌根へと広がります。
さらに進行すると首周辺のリンパ節や血管、筋肉や神経まで拡散し始めます。
舌がん手術の目的はがん化した部分すべての切除であり、がんが進行する程切除範囲が広がります。以下では具体的に手術法を解説します。
舌半側切除術
舌の右半分、あるいは左半分を切除する手術法です。がんが舌の右半分、あるいは左半分に収まる範囲で、大きく広がっているときに選択されます。
舌根まで切除する場合は舌半側切除術、舌根を残す場合は舌可動部半側切除術と呼ばれます。
ケースによっては舌の機能を維持するため、患者さん自身の皮膚や脂肪、筋肉を使った再建手術も検討される手術です。
再建に必要な組織は、太ももやおなか、胸、腕などから採取します。
舌(亜)全摘出術
舌全体を切除する手術が舌全摘出術、舌の一部を残してほぼ全体を切除する手術が舌亜全摘出術です。
舌の中央の正中線をまたがり、がんが舌の右半分と左半分のどちらにも広がっているときに選択されます。
舌根まで切除する場合はそれぞれ、舌可動部全摘出術と舌可動部亜全摘出術、舌根を残す場合は舌全摘出術と舌亜全摘出術と呼ばれます。
舌(亜)全摘出術では、切除範囲の広さから舌の機能の維持が困難になるため、再建手術も必要です。
舌部分切除術
舌体の一部のみと、小さな範囲を切除する手術法です。初期の舌がんに選択されます。 がんのサイズが小さく、頸部のリンパ節に転移がなければ、口内法での手術も可能です。
口内法とはお口を開いた状態から、舌を引き出して手術を進める方法です。頸部の皮膚切開が必要になるpull―through法よりも、身体への負担が少ないメリットがあります。
舌の切除範囲が小さく済み手術の負担も少ないため、多くのケースで食事や発音など舌の機能への影響が少ないとされています。
頸部郭清術
頸部郭清術(けいぶかくせいじゅつ)は、首周辺のリンパ節に広がったがんを取り除く手術です。
がんが転移したリンパ節を、周辺の血管や神経、筋肉などの組織と共に取り除かなければなりません。
頸部郭清の対象となる組織は、通常はがん化した患部と舌神経でつながっています。
そこで先に頸部郭清では、がんが広がった首周辺の組織をがんの起点となっている患部に向かってたどるように切除し、最後に舌の患部を切除する流れで進めます。
また頸部郭清術は、がんがリンパ節に転移していると明確に判断されないケースでも、転移の可能性が高ければ予防的に行われる手術です。
そのため早期の舌がんでも、舌部分切除術と一緒に頸部郭清術が行われることがあります。
舌がんの症状
舌がんの初期症状には、以下のような症状が挙げられます。
- 舌にはれ・痛み・しこりがある
- 口内炎が2週間以上治らない
- 舌に白斑か紅斑がある
- 舌の側縁にむし歯の詰め物・入れ歯があたってこすれている
自身が該当すると感じたら、歯科医院や耳鼻咽喉科に相談してください。また、舌がんが進行した場合はさらに以下のような症状が現れます。
- 舌の痛み・出血が続く
- 口臭が強くなる
- 首周辺のリンパがはれる
上記の症状が出ている場合、がんが広がっていることが予想されます。切除する部分が少しでも少なく済むよう、早急に医療機関で受診してください。
以下では代表的な症状を詳しく解説します。
口腔内のしこり・ただれ
舌がんを発症すると、患部が炎症を起こしてただれます。
炎症部分は進行すると硬結(こうけつ)や潰瘍(かいよう)、腫れなどの状態に変化します。
硬結とは患部周囲が硬くなることです。硬結が起こると、患部はしこりとして患者さん自身にも認識できるようになります。
また潰瘍とは患部がえぐれたように欠損した状態です。
舌がんが硬結や潰瘍、腫れが現れるまで進行すると、多くの患者さんは痛みを感じるようになります。
一方で舌にしこりができたが、痛みがないため放置していたら舌がんだったケースもあります。
さらに早期の段階では、自覚できる痛みがなく違和感もないため、偶然検診で発見されるケースも少なくありません。
痛みの有無から、口腔内の違和感の原因が舌がんか否かの判断は難しいことを知っておきましょう。
口内炎が治らない
口内炎とは口内にできる炎症の総称です。特に身近な炎症は、直径5ミリ程度の白いできものが繰り返し現れる再発性アフタです。
ほとんどの場合、口内炎は1週間程度で自然と治ります。
舌にできた口内炎が2週間以上たっても治らない場合は、口内炎ではなく舌がんではないかと疑うことができます。
しかし口内炎と口内にできるがんを、患者さん自身で見分けることは困難です。
口内炎ができたら症状が出ている期間を記録しておき、不自然に長引くようであれば医療機関で相談しましょう。
舌の動きに違和感がある
舌がんの初期症状では、舌の動かしにくさが感じられるケースもあります。以下のような症状が舌がんの初期症状です。
- 飲み込みにくい
- しゃべりにくい
- お口が開きにくい
舌がうまく機能していないと、上記のように生活に支障が出始めます。気になる症状があれば、早めに医療機関で相談し、治療を開始してください。
粘膜に紅斑や白斑がある
口内の粘膜に白板症(はくばんしょう)や紅板症(こうばんしょう)を患っている患者さんは、一定のがん化率を有しているといいます。
白板症とは粘膜の一番外側にある上皮が分厚くなり、白い斑点のように見える病気です。10%程度のがん化率を有する前がん病変で、一般的に痛みはありません。
紅板症とは口内の一部粘膜が、痛みを伴って赤くはれる病気です。白板症よりもまれな病気ですが、がん化率は50%程度と高い警戒すべき疾患です。
紅板症はすでにがん化しているケースもあります。いずれも正確な原因はわかっていませんが、以下のような慢性的な刺激が発症を促進すると考えられています。
- アルコール
- タバコ
- 不適切な歯科治療の被せ物
- ビタミンA・Bの不足
- 加齢など
白板症や紅板症になった場合は、患部を切除したり、定期的に経過観察をしたりして舌がん発症リスクの管理を行います。
口腔がんと舌がんの違い
口腔がんとは、口腔内や顎周辺に発生するがんの総称です。つまり舌がんは口腔がんのひとつです。
口腔がんには舌がん以外にも多くのがんが分類されています。以下で国際対がん連合(UICC)や世界保健機構(WHO)が、口腔がんと定義しているがんの発生部位を挙げます。
- 頬粘膜
- 上顎歯肉
- 下顎歯肉
- 硬口蓋
- 舌
- 口底
顎口腔領域は消化器官の入口として、日々喫煙や飲酒、食品などによる化学的な刺激にさらされています。
またむし歯の炎症や、不適切な歯科治療などの機械的な刺激を受ける部分でもあります。以下は口腔がんの原因の一部です。
- 口腔内の不衛生
- 飲酒
- 喫煙
- 炎症など
つまり顎口腔領域は、常に発がんを促す複数の危険因子に取り囲まれた状態にあります。
舌がんも例外ではありません。舌がんは口腔がんのなかでも、特に発症数が多いがんです。
舌がんの治療法
ここまで、一般的な舌がんの治療法として外科手術を中心に紹介しました。しかし治療法は手術に限られません。舌がんには以下のような治療法の選択肢があります。
- 手術療法
- 放射線治療
- 薬物療法
治療を選択する際は、標準的な治療法を基準に以下の項目を加味しながら、医師と患者さんが話し合って決定します。
- 患者さん本人の希望
- がんの状態
- 生活環境
- 健康状態など
以下ではどのような患者さんに、どのようなケースで手術以外の治療法が提案されるのかを、具体的な治療法と一緒に解説します。
また舌がんの治療においては、術後補助治療のリハビリテーションも重要な役割をもっています。
リハビリテーションの有用性や具体的な内容についても解説するため、参考にしてください。
放射線治療
放射線治療とは、放射線をあててがん細胞を破壊し、がんの消滅を目指す治療法です。舌がんの治療で放射線治療が選択肢に挙がるのは、以下のケースです。
- 患者さんの身体の状態から手術が難しいと判断された場合
- がんが全身に転移している場合
- 術後のがん再発リスクが心配される場合
患者さんの身体の状態から手術が難しいと判断された場合、組織内照射(密封小線源治療)で放射線治療を行います。
組織内照射とは放射線を放出する物質をがん化した患部に直接挿入する方法です。
がんが全身に転移している場合や、術後のがん再発リスクが心配される場合には、化学放射線療法が選択されます。
化学放射線療法とは、身体の外から外部照射する放射線治療と、薬物療法を組み合わせた治療法です。
ただし外部照射だけでの舌がんの完全な治療は難しいことを知っておきましょう。
薬物療法
薬物療法では、薬を用いて舌がんの治療を行います。以下のようなケースで薬物治療が提案されます。
- 手術や放射線治療ができない
- 手術や放射線治療が終了した
- 舌から遠い部分まで転移が広がっている
薬物療法に使う代表的な薬剤は、細胞障害性抗がん薬や分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬です。
薬物療法には、放射線治療と組み合わせる化学放射線療法と、レーザー治療と組み合わせた光免疫療法(アルミノックス治療)などの種類があります。
また治療に使える薬の有無を調べる遺伝子パネル検査は、効率的な舌がん治療の計画を立てることに役立つ検査です。
リハビリテーション
リハビリテーションはがんやがんの治療によって失われた、身体の機能を取り戻すために行うトレーニングです。
特に舌が担っている飲み込む(嚥下)機能と話す(発音)機能は、生活の質に大きな影響を与えます。
そのため術後に早期から機能回復を目指した、リハビリテーションの早期開始は重要です。
嚥下機能のリハビリテーションでは、舌の運動訓練や再建した舌で飲み込む訓練をします。
発音機能のコミュニケーションでは、残った舌や唇、頬で発音する訓練を行います。
また頸部郭清術を受けた患者さんはリンパ節と一緒に神経や筋肉も取り除いているため、以下のような症状が現れるケースがあり、リハビリテーションが必要です。
- 手術後の顔のむくみ
- 頸部の変形・こわばり
- 肩の運動障害など
リハビリテーションの継続で、これらの症状による不快感を軽減できるといいます。
リハビリテーションには、患者さんと看護師や言語聴覚士、理学療法士が二人三脚で取り組んでいきましょう。
舌がん手術後の合併症について
以下に挙げる舌がんの治療法には、合併症が報告されています。
- 舌切除術
- 頸部郭清術
- 放射線治療
舌切除術では切除する範囲が大きい程、舌の機能低下と誤嚥性肺炎のリスクが大きくなります。
そのため早期のリハビリテーションで舌の機能を回復させるほか、一時的に気管に呼吸用の穴を開ける、栄養補給用に胃に管を挿入するなどの処置が必要です。
頸部郭清術でも後遺症が生じやすいため、リハビリテーションで症状の軽減を目指します。
放射線治療で問題とされるのは晩期合併症と呼ばれる、長年の放射線治療から生じる副作用です。晩期合併症として、以下のような症状が現れます。
- 開口障害
- むし歯の増加
- 下顎の骨の炎症
- 下顎骨壊死
また舌がん治療中は常に感染症リスクがあるため、口内を常に清潔に保つ必要があります。
舌がんの手術を予防するために
舌がんになったときの、標準的な治療方法は手術です。
舌がん治療のための手術を避けたいと考えるならば、舌がん予防に取り組むとよいでしょう。
舌がんの原因ははっきりとは明らかにされていませんが、以下の要素が危険因子といわれています。
- 飲酒
- 喫煙
- むし歯
- 不適切な歯科治療のつめ物・被せ物
以下で詳しく解説します。
過度な喫煙や飲酒を控える
喫煙と飲酒は口腔内に化学的刺激を与え、舌がん発症リスクを高めます。
喫煙習慣がある人は、非喫煙者よりも5.2倍も口腔がんになりやすいといいます。
また1日平均2合以上飲酒する習慣がある人は、非飲酒者と比べて3.8倍口腔がん発症数が多いです。
過度な喫煙と飲酒は控え、舌がんの発症リスクを抑えましょう。
むし歯などの歯の治療をする
口内を清潔にしておくことも、舌がん予防に効果的です。
歯磨きをしない、磨き残しが多いなどの習慣があれば改善しましょう。
また治療をしていないむし歯の放置も、舌がんリスクを高めます。むし歯が疑われるならば、早めに歯科医院にかかりましょう。
入れ歯や被せものの調整をする
不良な歯科補綴装置による機械的な刺激は、舌がんリスクを高めます。
歯科補綴装置とは、歯科治療のときに口内に入れる詰め物や被せ物などのことです。
補綴装置が舌に接触して違和感がある、痛みが出ているのを、我慢していませんか。
補綴装置が舌に刺激を与え続けると舌がんリスクにつながるため、早めに歯科医師に相談しましょう。
定期健診を行う
舌がんは歯科医院や耳鼻咽喉科の受診で発見できます。
定期的な受診で、口内のメンテナンスとあわせて口腔がんのチェックを受けるとよいでしょう。
また口腔がん検診を行っている自治体もあります。適切に活用して、舌がんの早期発見に努めましょう。
まとめ
舌がんは、舌の先端から3分の2に発生するがんです。標準的な治療法は手術で、舌のがんが広がった部分を切除します。
舌の飲み込む、話すなどの機能はQOLと密接に結びついています。そのため舌がんの治療後には、早い時期から舌の機能を取り戻すためのリハビリテーションが必要です。
舌がんを予防したいならば、喫煙と飲酒を控える、適切な歯科治療を受けるなどの取り組みが効果的です。
自分の舌で健康的な生活を維持するためにも、舌がんの予防と早期発見に努めましょう。
参考文献