顎関節症は顎の関節に痛みや雑音、開口障害などをもたらす病気で、重度の場合は日常生活に支障をきたすことも珍しくありません。
時間の経過とともに症状が悪化していくケースも少なくないため、「病院に行くべき?」「どうすれば痛みが治まる?」と、困っている人も多いことでしょう。
ここではそんな顎関節症の症状や原因、治療方法について詳しく解説をします。今現在、顎関節症で口が開けにくくなっていたり、痛みに悩まされていたりする人は参考にしてください。
顎関節症とは
はじめに、顎関節症の基本事項と発症しやすい年齢や性差、症状の経過などを簡単に説明します。
顎関節症の概要
私たちの顎は、上顎骨と下顎骨の2つで構成されており、両者を連結する部分に「顎関節」が存在しています。顎関節は、下顎頭(かがくとう)・側頭骨にある下顎窩(かがくか)・関節結節・関節円板(かんせつえんばん)という要素から成り立っています。
これらのいずれか、あるいは複数にさまざまな異常が生じることで障害が発生します。最もわかりやすい症状は、顎関節の痛みで、その他にも口を開けにくい、口を開け閉めした時にカクカクという雑音が鳴る、顎の筋肉が硬直することもあります。とくに、耳のすぐ手前の部分に強い症状が現れた場合は、顎関節症が疑われます。
顎関節症になりやすい年代と性別
一般的な病気は、加齢とともに発症率が高まり、放置すると悪化の一途をたどることが多いのですが、顎関節症は例外的な特徴を持っており、10〜20代の女性に好発する傾向があります。だいたい30代以降、症状が改善していくことが多いようです。なお、この年齢層の女性に好発する理由は、医学的に解明されていません。
軽度から重度まで様々な症状
ひと言で顎関節症と言っても、重症度はさまざまです。口を開け閉めした時に小さな音が鳴る程度で特に痛みもないという人もいれば、口を大きく開けられず、食事に大きな支障をきたす人もいます。病気の経過も一様ではなく、上段で解説した通り症状が自然になくなっていく人もいるのですが、逆に悪化する人もいます。そういう意味で顎関節症は、積極的な治療が必要になるかどうかも判断しにくい、難しい病気と言えるでしょう。
顎関節症の症状
顎関節症が疑われる人は、次の症状が当てはまるかどうかをチェックしてみましょう。ひとつでも当てはまる症状がある場合は、顎関節症を発症している可能性が高いため、一度、歯科医院で診察を受けることを推奨します。
口を開けると痛みがある
口を開けた時に、こめかみ付近に痛みを感じる場合は顎関節症が疑われます。顎関節を構成する骨や関節円板、その周囲の筋肉に何らかの異常が生じているため、痛みという警告のサインが出ているのです。この時に、骨が痛いのか、あるいは筋肉が痛いのかは本人でも区別するのが難しいことから、自己診断はせずに専門家による診断を受けるようにしましょう。
口が開かない
顎関節の付近に痛みが強く、口が大きく開けられない状態を開口障害と言います。開口障害が強くなると、食事や会話などの日常生活に支障をきたすようになります。特に顎関節に問題となる原因がある場合、最大に口を開けようとしても指が1~2本分ほどしか開かない状態を指します。開口障害は顎関節症以外の病気でも起きることがあるため、他の病気の鑑別を含めて重要な診断のポイントとなります。
口を開閉すると音がする
口を開け閉めする時、こめかみ付近でカクカクと雑音が鳴る場合は、関節円板という軟らかい組織が脱臼しています。関節円板は、顎関節の運動をスムーズにするために働くクッションのような組織なので、それが本来の位置から外れてしまうと、痛みや腫れ、咀嚼障害を引き起こすようになります。関節雑音が気になって繰り返し口を開閉していると、症状がさらに悪化することから注意が必要です。
顎関節症を放置するとどうなるか
顎関節症を発症したばかりの頃は、関節雑音も軽度で痛みも少ないですが、その状態を放置していると、症状も徐々に重症化していきます。具体的には、関節雑音が大きくなる、顎の痛みが強くなる、開口量が少なくなるなど、食事や会話にも支障をきたすようになるでしょう。
深刻な例では、顎関節を構成する骨が変形したり、デコボコになったりする不可逆的な症状も見られるようになります。もちろん、すべての顎関節症のケースで同様の経過をたどるわけではありませんが、この病気を放置すると、そうしたリスクが生じる点を正しく理解しておくことが大切です。
顎関節症の原因
冒頭で解説したように、顎関節はとても複雑な構造をしている組織です。構成する要素も多いことから、異常が生じるまでにはさまざまな要因が絡んできます。
顎関節症の原因
顎関節症は、これまで不適切な噛み合わせが主な原因とされてきましたが、顎関節症の原因は単一ではなく、多くの要因が組み合わさる「多因子病因説」が世界的に認められています。 例えば、顎関節や顎を動かす時に使う筋肉が構造的に弱かったり、噛む時に片側の顎ばかり使ってしまう、頬杖を付きがち、常に上下の歯を噛み合わせているなどといった習慣的なものなどのさまざまな要因が組み合わさって、顎関節症につながっていると見られています。
顎関節症を悪化させる悪習慣
顎関節症は、さまざまな行動学的要因がその症状を悪化させることがわかっています。最も注目すべきは、必要がないにも関わらず上下の歯を接触させ続ける「歯列接触癖」です。その他、自己流ストレッチや市販マウスピースの使用、噛み方の癖やうつぶせ寝なども顎関節症の症状を悪化させる一因となります。
顎関節症による痛みの治療方法
顎関節症による痛みを取り除くためには、まず根本的な原因を突き止める必要があります。顎関節症は、Ⅰ型〜Ⅴ型までの5つのタイプに分けられ、それぞれで治療法も変わってきます。ちなみにⅤ型はI〜Ⅳ型に当てはまらないタイプの顎関節症なので、ここでは治療法の解説を省略します。
顎関節症の診断方法
顎関節症は、顎の動きに関わる筋肉や関節に痛みが生じる、口を開けることが難しい、関節からの音など、特定の症状に基づいて診断されます。これらの症状は他の健康問題でも発生するため、顎関節症の診断にあたっては、まず他の可能性を排除することが重要です。
具体的には、患者さんの症状の発生経緯や変遷を詳しくヒアリングした上で、顎関節と周辺の筋肉、口腔内の検査を行います。このプロセスには、必要に応じてX線撮影やCTスキャンを使用し、骨の異常を検出することが含まれます。さらに、骨以外の関節構造や筋肉に問題がある場合には、MRI検査を行うこともあります。
顎関節症の治療:筋肉の異常による場合(Ⅰ型)
このタイプは、主に顎の筋肉(特に咬筋や側頭筋)の過剰な使用による筋肉の疲労、いわゆる筋肉痛が原因です。咬筋の過剰な活動は頬に、側頭筋の場合はこめかみに痛みを引き起こします。Ⅰ型の治療法としては、顎の筋肉へのマッサージや顎を安静に保つことが推奨されます。
顎関節症の治療:関節靭帯の異常による場合(Ⅱ型)
「顎の捻挫」とも表現されるこのタイプは、関節靭帯の異常が原因で発生します。口を無理に大きく開ける行為、硬い食べ物の摂取、歯ぎしりや食いしばりなどが原因となることが多いです。顎関節は耳の直前に位置しているため、患者は耳痛を訴えることもあります。Ⅱ型の治療では、あくびの抑制、硬い食べ物を避ける、食事を小さく切って口を大きく開けずに済むようにするなど、顎をできるだけ安静に保つことが推奨されます。
顎関節症の治療:関節円板の異常による場合(Ⅲ型)
関節円板は、上顎と下顎の間に存在し、クッションの役割を果たす組織です。このタイプでは、関節円板の位置がずれることで、口を開けた際に「カクカク」「ポキポキ」といった関節雑音が生じます。ただし、関節雑音のみの場合は、特に治療を必要としません。関節円板の位置のずれが進むと、関節雑音が消え、開口障害が発生することがあります。この場合には、マウスピース治療を基本とし、それが不十分な場合は、より専門的な治療を受けることがあります。
顎関節症の治療:骨の異常による場合(Ⅳ型)
下顎骨の関節突起の変形が原因で発生します。このタイプの診断は、症状のみからは困難であり、通常、患者さんが顎関節症で来院した際には、まずレントゲン撮影により骨の変形の有無を確認します。変形した骨を元に戻すことは難しいため、治療の目標は「痛みを伴わない」「十分に口を開けられる」状態を実現することにあります。これを達成するために、マウスピース治療や開口訓練が行われます。
顎関節症の家庭療法
顎関節症の症状をホームケアで改善する場合は、歯列接触癖や歯ぎしり・食いしばり、頬杖をつく癖などを意識的に取り除いていくことが重要となります。咬筋や側頭筋といった顎関節症の発症に関わる筋肉をマッサージでほぐすことでも、症状の改善が見込めることでしょう。軽度の顎関節症は、家庭療法だけで対応できるケースも珍しくありません。
顎関節症以外で考えられる痛みの原因
顎関節やその周囲に痛みを感じたからといって、必ずしもそれが顎関節症に由来するとは限りません。次のような病気や異常でも似たような痛みが生じることがあるからです。
筋突起過形成症
筋突起過形成症(きんとっきかけいせいしょう)とは、下顎骨の筋突起という部位が大きく育ちすぎる病気です。口を大きく開ける際に、過剰に発育した筋突起が邪魔になることで、痛みなどの症状を引き起こします。
筋突起の過形成は、先天的に起こることもあれば、20歳前後から突然、発症することもあります。症状が悪化すると、口を開くことさえできなくなるため、適切な時期に治療を受ける必要が出てきます。
顎骨骨髄炎
顎の骨に生じる骨髄炎です。むし歯や歯周病といった口腔感染症を重症化した際に起こることが多いですが、何らかの外科手術を受けた時の合併症として発症する場合もあります。歯の痛みとともに顎が大きく腫れ、強い痛みを伴うため、顎関節症と勘違いする場合もあります。顎骨骨髄炎は、放置していると感染の範囲がさらに広がり、蜂窩織炎(ほうかしきえん)や敗血症など、より深刻な疾患を誘発する恐れがあるため、速やかに専門の医療機関で治療を受ける必要があります。
顎が外れた
顎に強い衝撃が加わったり、口を大きく開き過ぎたりした場合に、顎が外れる場合があります。これは顎関節が脱臼しただけで、顎関節症とは異なります。外れた顎は、歯科医院で整復することが可能です。
急に口を閉じることが急にできなくなったり、口から唾液が溢れるようになったり、頬骨の下に下顎の骨が飛び出したように見えるなどは、「顎が外れた」状態、つまり顎関節脱臼が疑われますので、早急に歯科を受診しましょう。顎関節脱臼の整復処置自体は、それほど大掛かりなものではないため、比較的短い時間で終わります。施術には多少の痛みを伴いますが、顎が外れたままで日常生活を送ることはできないため、頑張って治療を乗り切りましょう。
気になるようならまずは歯科医院へ
このように、顎の痛みや雑音などの不快症状は、顎関節症に由来しているものもあれば、そうでないものもあります。その判断は一般の人が行うのは不可能なので、気になるようであればまず歯科医院を受診しましょう。口腔外科の診療が得意な歯科医院なら、ここまで紹介してきた病気や異常に対応することができます。仮に歯科医院での対応が難しかったとしても、大学病院のような大きな医療機関の口腔外科を紹介してもらえます。
編集部まとめ
上顎骨と下顎骨が連結している顎関節は、悪い噛み合わせやさまざまな悪習慣が組み合わさることで異常が生じます。その病態の総称を顎関節症と呼び、Ⅰ~Ⅴ型の5つに分類され、それぞれに違った症状と原因があり、治療法も異なる点に注意が必要です。
本文でも述べた通り、顎関節症は10〜20代の女性が発症しやすく、時間の経過とともに改善していくケースも珍しくありません。そのため必ずしも治療が必要となるわけではありませんが、痛みや開口障害、関節雑音などが気になる場合は一度、歯科医院で診てもらうことを推奨します。
参考文献