口腔外科は歯だけではなく、口の中や周りを広範囲で担当する診療科です。
一般の患者さんが親知らずの抜歯でかかる機会が多いですが、事故による外傷や口腔がんなど生命に直結する重大な疾患も治療しています。
口が開かない・顎が痛い・口の中にできものがあるなど、歯科なのか口腔外科なのかどちらかを受診するのがわかりにくいケースも少なくありません。
この記事では歯科と口腔外科の違いや、どちらか迷った際の判断のポイントも解説するので、受診の際の参考になれば幸いです。
口腔外科と歯科の違いは?
歯科がむし歯や歯周病など歯の疾患を専門に扱うのに対し、口腔外科は口の中や口の周りの広範囲を対象に治療します。
歯だけではなく、歯を支える骨・口腔の粘膜・舌・顎など口の機能に関わる部位の疾患を扱うのが口腔外科です。
一般的に口腔外科は、大学病院や市立病院など大きな病院の診療科として設置されています。
口腔外科にかかる場合は、まず一般の歯科医院を受診して紹介状を書いてもらう場合がほとんどでしょう。
歯科医院でも口腔外科が在籍している場合がありますが、精密検査や麻酔を行える設備・スタッフが揃っていることは稀で、大がかりな治療になれば大病院を紹介されることになります。
口腔外科で扱う主な疾患・治療
口腔外科は一般歯科よりも治療する範囲が広く、口腔・顎・顔面とその隣接組織などの疾患を扱う診療科です。
一般的な歯科医院でも口に関する症状には対応できるケースがありますが、対応が難しい疾患や、骨や筋肉などの組織に対する手術を専門的に対応してます。
歯科と口腔外科のどちらを受診すべきか患者さんが悩むことも少なくありませんが、口腔外科では主に以下のような疾患を扱います。
親知らずの抜歯・難抜歯
親知らずや割れてしまった歯の抜歯で、はじめて口腔外科を受診した患者さんも少なくないでしょう。
抜歯は歯の治療であるため歯科でも対応できますが、親知らずが横向きに生えたり、骨に埋まっていたりと難易度の高い抜歯は口腔外科に紹介されます。
大病院の口腔外科では麻酔科医も在籍しているため、全身麻酔で親知らずを4本同時に抜歯することも可能です。
口腔・顎の外傷
事故などによって口の中や顎に傷を負った場合、顔面骨折や歯の破折など大きな怪我である可能性があります。
顎や頬の骨折は適切に治療しないと、長期にわたって噛み合わせの障害・開口障害・顔面の変形など患者さんにとって精神的負担が重い後遺症となるケースも少なくありません。
事故からしばらく経って口の違和感を覚えるケースも少なくないため、外傷後に生じた骨の異常も口腔外科の診療項目です。
嚢胞・腫瘍
口の中に生じた腫瘍は、がんとなる悪性腫瘍と、そうではない良性腫瘍に分けられます。
悪性腫瘍には口腔がん・悪性黒色腫・悪性リンパ腫があり、症状に応じて手術による切除・放射線治療・抗がん剤治療などを行います。
口腔がん全体の5年生存率は60~70%とされており、初期段階で治療すればほとんどが治癒するので、口の中に異常を見つけたら早めの受診を心がけましょう。
良性腫瘍には歯から生じる歯原性良性腫瘍と、非歯原性良性腫瘍があります。
どちらもがんではありませんが、口の中の違和感や食事の不快感を生じるため、手術により摘出する場合がほとんどです。
腫瘍ではない病的な袋状のものは嚢胞と呼ばれ、口腔内の粘膜にできるものと骨の中にできるものがあります。
骨の中にできる嚢胞では、むし歯の進行に伴って歯の根元にできる歯根嚢胞が約50%と半数で、大半が一般歯科による根管治療で治癒するでしょう。
しかし嚢胞の位置やむし歯の進行具合によっては歯を削ってのアプローチが難しく、歯肉と歯槽骨を切開して摘出する場合などは口腔外科の領域となります。
唇顎口蓋裂
唇顎口蓋裂は外表奇形の一種で、口腔や顎に関する先天性の形態異常です。
鼻の下が割れている口唇裂・口腔内の上部が割れている口蓋裂が割合としては多く、上顎の歯茎が欠けている顎裂などと合併していることもしばしばあります。
口腔に先天性の奇形があると食事や発音への影響が大きく、口腔外科ではほかの診療科とも連携して治療にあたっていきます。
出生直後の新生児は抵抗力や自然治癒力が低いため、すぐに口唇裂を閉鎖する形成手術はできません。
形成手術ができる目安は生後3〜6ヵ月・体重5kg以上とされ、小児科の医師などとも連携して判断していきます。
顎関節症
顎を動かした時に耳の下に痛みを感じる・口が大きく開かない・顎を動かすたびに異音がするなどの症状がある場合、顎関節症の可能性があります。
顎関節症を発症する直接の原因は、あくびなどによる過度な開口・固いものを食べたなどです。
しかし、根本的にはストレスによる歯ぎしりや、顔面の筋肉の異常な緊張による場合も少なくありません。
ストレスによる顎関節症の患者さんは増加傾向にあり、対症療法的な治療だけでなくライフスタイル全般の見直しも重要になります。
骨や粘膜の疾患
口腔内の粘膜や骨に汚れがたまって細菌が繁殖し、白く病変したり痛みを感じるなど異常をきたす場合があります。
唾液には抗菌成分が含まれているため、歯周ポケットなど唾液の届かない部分以外で細菌が異常繁殖することは通常ありません。
しかし喫煙や栄養不足などで粘膜の機能が低下していると、細菌繁殖を制御できなくなってしまいます。
口腔内の粘膜や舌に白い苔のようなものがこびりつき、こすっても取れない白板症は代表的な疾患です。
禁煙やビタミンAの補給で治癒する場合もありますが、白い部分が分厚い・隆起している・痛みを伴うなどの場合は悪性腫瘍となることもあるため、口腔外科で検査を受けるようにしましょう。
その他には、口腔カンジダ症・ヘルペス性口内炎・手足口病・ペルパンギーナ・帯状疱疹など細菌やウイルスに感染して起こる症状があります。
噛み合わせの異常
噛み合わせの異常が起こる原因はさまざまで、先天的な形態異常・歯並びの悪さ・顎関節の炎症などがあります。
歯並びが悪い場合は歯列矯正によって歯並びを整え、必要な場合には骨を削る手術などを行います。
歯列矯正は口腔外科ではなく一般の矯正歯科医院でも行っていますが、顎関節の形態異常や顎関節症などの疾患がある場合は、口腔外科で先に治療することが必要です。
噛み合わせの悪さは審美的な問題だけでなく、食事の不快感・発音障害・顔面の変形など多くの問題に発展するケースも少なくありません。
長期間の治療になることもありますが、一般歯科と口腔外科の連携により包括的に対処していきます。
インプラント
インプラントは失った歯を補うための治療で、骨に土台となるインプラント体を埋め込んで人工歯を支えるものです。
義歯を入れる治療に比べて安定性が高く、天然歯に近い感覚で食事や発声ができるのが大きなメリットになります。
またブリッジ治療では歯を失った部分の隣の歯に架橋して人工歯を支えるため、健康な隣の歯を削って支える負担をかけるのが問題でした。
インプラント治療は歯槽骨に埋め込んだ土台で人工歯を支えるため、周りの歯に負担をかけずに安定した咀嚼感を得られます。
一般歯科でもインプラント治療を行う歯科医院はありますが、対象部位の歯槽骨が薄い・もろいなどで骨の処置が必要な場合には口腔外科で対応する場合もあります。
一般の歯科で扱う主な疾患・治療
口腔外科ではなく、一般の歯科で扱う疾患は、主に歯の健康に関するものです。
歯を守ることは健康的な食生活や会話など、他人とのコミュニケーションにも大きく関わっています。
高齢者では自分の歯が多く残っている人程認知症のリスクが低くなることがわかっており、歯の健康は全身の健康に直結するといえるでしょう。
歯の痛みや口の違和感を覚えたら、まずは歯科医院を受診して原因を特定し、必要に応じて口腔外科で治療するのが基本的な流れです。
一般の歯科で扱う代表的な疾患を解説します。
むし歯
むし歯は代表的な歯の疾患で、専門的にはう蝕と呼びます。食べ物の残滓などが歯にたまり、それを餌とする細菌が繁殖して酸を出すことで歯の表面を溶かしていく疾患です。
歯の表面は固いエナメル質で覆われているので、初期のむし歯では痛みを感じることは少ないですが、むし歯が進行して象牙質や神経に近づいていくと強い痛みを生じます。
神経付近までむし歯が進行すると夜も眠れない程の痛みとなりますが、神経まで感染して壊死すると痛みがなくなり、神経を除去する根管治療が必要です。
根管治療で神経を除去した歯はもろく割れやすくなるため、むし歯が進行する前の段階で治療することが不可欠になります。
歯周病
歯周病は日本人が歯を失う原因の第一位で、歯を支える歯肉や歯槽骨が細菌に溶かされてしまう疾患です。
歯と歯肉の間の歯周ポケットにたまった汚れを餌に細菌が繁殖し、炎症を起こして次第に歯肉が後退していきます。
ほとんどの場合痛みはありませんが、口臭・歯茎が赤い・出血・歯茎下がっているなどの症状が歯周病のサインです。
歯科医院では歯周病の原因となる歯垢や歯石の除去・歯を磨きやすくするために表面を磨く・歯並びを治すなどの治療を行います。
歯周病の予防には歯みがきだけでなく、歯間ブラシやフロスによって歯の間や歯周ポケットもしっかり掃除する習慣を付けましょう。
クリーニング
むし歯も歯周病も、一度進行すると治療によってもとに戻すのは難しいため、予防が第一です。
3ヵ月に1回程度の定期健診も歯科の大切な仕事で、セルフケアでは難しい歯の徹底的なクリーニングが歯を守るために欠かせません。
歯科医院のクリーニングでは歯石除去のために超音波スケーラーなどを用いて、歯ブラシでは落とせない固い歯石を取り除いていきます。
歯の表面や間だけでなく、歯と歯肉の間の歯周ポケットも専用の器具で掃除することで、歯周病の原因菌を除去して歯肉の回復を促すのも大切です。
また、ペーストと回転器具を用いて歯の表面を掃除する歯面清掃は、歯の汚れを落として見た目をよくする効果があります。
ペーストにはフッ素が配合されて歯の表面を保護し、コーヒーやタバコの着色汚れを落として歯を美しくしていきます。
口腔外科で親知らずを抜歯するメリット
かかりつけの歯科医院で「親知らずを抜きましょう」といわれても、その医院ではなく口腔外科を紹介されるケースが多くあります。
わざわざ大病院の口腔外科に行くのは面倒と感じることもありますが、口腔外科での抜歯には歯科医院とは違ったメリットがあります。
治療への信頼度を高めて満足な結果をえるため、口腔外科での抜歯のメリットを知っておきましょう。
抜歯技術が高い
大病院の口腔外科では、毎日のように抜歯手術が行われています。大半が地域の歯科医院から紹介された患者さんで、それだけ口腔外科医は豊富な経験と技術を持っているのです。
抜歯が難しい症例は、親知らずが横向きに生えている・前の奥歯に食い込んでいる・骨の中に埋まっているなどがあり、歯を抜くために歯肉を切開したり骨を削ったりする手術が必要です。
これらの難症例を数多く経験している口腔外科に任せた方が、より安全性の高い抜歯手術を受けられるでしょう。
腫れや痛みを最小限に抑えられる
抜歯手術は歯の生え方や状況によっては難易度が高くなり、失敗すると強い痛みや出血が長期間残ってしまう場合もあります。
また抜歯する際に歯が割れて小さな破片が残っているのに気付かず、そのままになってしまうなどのケースもあるため、抜歯は経験値の高い歯科医師に任せた方が双方のメリットになるでしょう。
口腔外科で親知らずを抜歯するデメリット
地域によっては口腔外科のある病院がなく、抜歯のために遠方まで通わなければいけない場合があります。
普段通っている歯科医院で抜歯ができればいいですが、通いやすい距離に口腔外科がない場合は通院の負担が大きくなるでしょう。
一般の歯科でも抜歯できる場合があるため、口腔外科に通うのが難しい場合はかかりつけの歯科医師に相談してみてください。
また口腔外科では抜歯のみで受診し、抜歯前の検査・抜歯後の検査や抜糸などは普段通っている歯科医院で受けることも可能です。
口腔外科・一般歯科のどちらを受診するかの判断基準
一般の患者さんにとっては、口に関する異常で歯科か口腔外科のどちらを受診すればいいかわからないケースもあるでしょう。
口腔外科は大病院に設置されていることが多く、紹介状がなければ初診を受け付けていないケースもあります。
まずはお近くの歯科医院を受診し、必要に応じて口腔外科を紹介してもらうのがよいでしょう。
事故による怪我など緊急性が高い場合は、救急車を呼んで口腔外科のある病院に運ばれるケースもあります。
まとめ
口腔外科と歯科の違いや、扱う疾患を解説しました。
歯の治療を専門とする歯科医院に比べて、口の中や周りを全般的に対応する口腔外科は治療範囲が広いのが特徴です。
親知らず抜歯は歯の治療ですが、歯は骨から生えているため歯科医院だけでは対応が難しい症例も多くあります。
口腔外科は骨・筋肉・粘膜など歯以外の組織を広く担当し、歯科医師と連携して口の健康を守る大切な診療科です。
歯科か口腔外科のどちらかを迷ったら、まずは一般の歯科を受診して口腔外科への紹介が必要かどうかを判断してもらいましょう。
参考文献