水ぶくれというのは、比較的目立ちやすい症状であるため、口の中にできた場合は自覚しやすく、気になって舌で触ったり、鏡で確認したりしてしまうことでしょう。そうした口の中の水ぶくれで第一に考えられるのは「粘液嚢胞(ねんえきのうほう)」です。
ただ、それ以外にも口の中に水ぶくれが生じる病気はあるため、自己診断はせず、適切な医療機関で専門家による診察を受けた方が良いといえます。 ここでは粘液嚢胞の症状や原因、治療法、それ以外に疑われる病気について詳しく説明します。
口の中に水ぶくれができる原因
はじめに、口の中に水ぶくれができる主な原因を3つ紹介します。
粘液嚢胞(ねんえきのうほう)
口の中に水ぶくれができる病気の代表が粘液嚢胞です。唾液腺から唾液を運ぶ排泄管が何らかの理由でダメージを受けたり、閉塞したりすることが主な原因となります。排泄管から唾液が漏れ出して、その周囲に線維性の薄い膜が生じることで嚢胞が形成されます。
ウイルス感染
水ぶくれというと、水疱瘡(みずぼうそう)を思い浮かべる人が多いことでしょう。全身の皮膚に水ぶくれが生じる病気で、原因となるのは水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)です。実は、このVZVによって引き起こされる帯状疱疹では、口の中にも水ぶくれが生じます。また、単純ヘルペスウイルスによって発症する単純疱疹、コクサッキーウイルスが原因となる手足口病なども、ウイルス感染によって口の中に水ぶくれが認められます。
歯周病
歯周病は、歯肉が赤く腫れて、顎の骨が破壊されていく病気ですが、重症化して膿が貯留すると水ぶくれのような症状が認められます。これを専門的には歯周膿瘍(ししゅうのうよう)といいます。歯周膿瘍では、細菌や白血球の死骸などで構成される白色あるいは黄褐色の膿の塊が歯肉の中に形成されます。 進行したむし歯では、根管内の細菌が根尖部へと漏れ出て膿の塊を作りますが、それも外見上は水ぶくれに見えるかもしれません。専門的には根尖性歯周炎(こんせんせいししゅうえん)と呼ばれる状態で、根管治療を行わなければ治すことが困難です。
粘液嚢胞の症状と原因
次に、粘液嚢胞ではどのような症状が現れるのか、その原因も含めて解説します。
粘液嚢胞の症状
粘液嚢胞の好発部位は舌下面と下唇です。粘膜を誤って噛むなどの理由で唾液を運ぶ排泄管に炎症が起こって嚢胞が生じます。粘液嚢胞は半球状の正常粘膜で覆われた無痛性で可動性の膨隆として、舌下面や下唇の口腔粘膜に認められます。
粘液嚢胞が大きくなると、粘膜面が緊張して透過性が増し、触ると弾力性が感じられるようになります。 同じ場所をもう一度噛むと嚢胞が破壊されて内容液も排泄されるのですが、それによって自然治癒することは珍しく、再び同じような嚢胞が形成されます。ちなみに、舌下面に生じた粘液嚢胞は、Blandin-Nuhn(ブランディンヌーン)腺という小唾液腺によって引き起こされるものであるため、Blandin-Nuhn嚢胞という名前で呼ばれています。
粘液嚢胞の原因
粘液嚢胞が生じる主な原因は、以下の3つです。
・粘膜を噛んでしまう
口唇や舌の一部を誤って噛む誤咬(ごこう)は、粘液嚢胞の多い原因といえます。誤咬は歯列不正や不正咬合が見られる人や矯正装置・補綴装置などを装着している人に起こりやすいです。いずれも同じ部位を繰り返し噛むことになるため、粘液嚢胞も再発しやすくなっています。小児期に見られる誤咬は、口腔環境の変化に伴う一時的な症状であることが多いため年齢が上がると自然に消失していきますが、歯並びの異常や詰め物・被せ物、入れ歯などが原因で生じる誤咬は、根本的な原因を歯科治療によって改善しない限り粘液嚢胞も繰り返し発症することになります。
・口内炎
口腔粘膜に生じる炎症性病変である口内炎は、生じた部位や大きさによっては粘液嚢胞を併発することもあります。
・歯の先端や器具が当たる
形態が良くない歯や適合の悪い矯正装置・補綴装置は、誤咬を誘発するだけでなく、それ自体が口腔粘膜に機械的刺激を与えることがあります。とくに辺縁が鋭利になっている入れ歯の床(しょう)や脱離した矯正用ワイヤーなどには注意が必要といえます。
ガマ腫との違い
粘液嚢胞は、「貯留嚢胞(ちょりゅうのうほう)」の一種です。貯留嚢胞とは、大小唾液腺がその腺体あるいは排泄管の閉鎖、漏洩によって、唾液が組織内に貯留停滞する病気の総称で、粘液嚢胞以外にもガマ種が分類されます。 ガマ腫とは、舌下腺または顎下腺の排泄管障害によって生じる貯留嚢胞で、外見がガマ蛙の咽頭嚢に似ていることから、こうした名前が付けられています。 ガマ種と粘液嚢胞の違いは、まず嚢胞の大きさが挙げられます。ガマ腫の嚢胞は、粘液嚢胞よりも明らかに大きいです。また、ガマ種では穿刺吸引(せんしきゅういん)を行った際の内容物は、粘液嚢胞よりも黄色く、粘性の高い液体であることが多いです。臨床ではこの2つの情報があれば、ガマ種と粘液嚢胞の鑑別診断を行えます。また、ガマ腫には若年者に好発する点も大きな特徴のひとつとして挙げられます。
粘液嚢胞を放置するとどうなるか
粘液嚢胞は、放置していても自然に治るケースが珍しくはありません。たまたま唇を噛んでしまった場合や硬い食べ物で粘膜が傷ついた場合に生じた粘液嚢胞は、時間の経過とともに自然治癒していくことが多いです。 ただし、経過を見ていても症状が良くならなかったり、嚢胞がどんどん大きくなっていったり、再発を繰り返したりする場合は、医療機関の受診が推奨されます。適合の悪い入れ歯や矯正装置などが原因で粘液嚢胞が生じている場合は、放置すればするほど、患部の状態が悪くなります。
粘液嚢胞の治療法
粘液嚢胞では、摘出手術やレーザー治療が適応されます。
摘出手術
粘液嚢胞のスタンダードな治療法は、嚢胞に加えて、その上流にある小唾液腺を含めた全摘出です。粘液嚢胞の壁は悪性腫瘍とは異なり、比較的しっかりしていることから、丸ごときれいに取り出すことは難しくないのです。ただし、摘出する際に嚢胞が破れてしまった場合は、周囲の唾液腺も含めて切除する必要が出てきます。
◎ガマ腫の治療法
粘液嚢胞と同じ貯留嚢胞の一種であるガマ腫の場合は、全摘出が難しいケースの方が多いといえます。それはガマ腫の嚢胞の壁が薄くて破れやすいからです。そのためガマ腫の治療では、嚢胞の一部を意図的に破って内容物を排出させる「開窓術(かいそうじゅつ)」が第一選択となりやすくなっています。開窓をして嚢胞を徐々に小さくしていくことで、症状も改善していきます。それでもなお再発を繰り返すようであれば、唾液腺の摘出が行われます。
レーザー治療
レーザー治療とは、医療用レーザーを使って病変を切除したり、摘出したりする方法です。医科の分野でも広く活用されている方法なので、安全性は保証されています。粘液嚢胞の切除や摘出に医療用レーザーを活用すると、治療後の腫れや痛みが少ない、傷の治りが早い、といったメリットが得られます。
粘液嚢胞の治療後の注意点
粘液嚢胞の治療を受けた後は、次の2点に注意する必要があります。
傷口をケアする
粘液嚢胞では、原則として病変の摘出が行われるため、手術後の傷口のケアは慎重に行う必要があります。傷口を舌や指で無暗に触ったり、熱い食べ物や辛い食べ物による刺激が加わったりすると、治癒が遅れてしまいます。ケースによっては細菌感染を起こして、より深刻な病態へと進展することもあるため、治療後は傷口をケアすることを第一に考えるようにしましょう。
口の中を清潔に保つ
手術による傷口があると、歯磨きなどが不十分になりがちです。「歯ブラシが傷口に当たったらどうしよう」とか「歯磨き粉の成分が傷口にしいそうで怖い」といった不安が生じるかと思いますが、口腔ケアを怠ると口内細菌の活動が活発になり、傷口に感染が起こりやすくなるため十分な注意が必要です。 もちろん、傷口の状態によっては歯ブラシを当てられない部位も出てくるかと思いますが、制限のある中でも最大限の口腔ケアを実施することが大切です。歯ブラシによるブラッシングだけでは不十分な場合は、殺菌作用が期待できるマウスウォッシュなどを活用しながら、口腔衛生状態を良好に保っていきましょう。
ウイルス感染が原因で口の中に水ぶくれができる疾患と治療法
ここまでは、粘液嚢胞による口の中の水ぶくれについて解説してきましたが、ウイルス感染が原因となる病気についても知っておくことが大切です。ウイルス感染が原因で水ぶくれが生じる病気としては、単純疱疹・帯状疱疹・手足口病(てあしくちびょう)の3つが挙げられます。
単純疱疹
単純疱疹とは、単純ヘルペスウイルス(HSV)による急性感染症です。HSVには、HSV-1とHSV-2の2種類があり、前者は口腔粘膜に、後者は外陰部に感染します。HSV-1への初感染は通常、幼児期に起こって症状が現れない状態が続きます。成人期に初感染した場合は、重症化することが多いのがHSV-2の特徴です。感染後は脊髄知覚神経節(せきずいちかくしんけいせつ)に潜伏し、ストレスや疲れ、睡眠不足などが原因で全身の免疫力が低下した際にウイルスが活性化して、口周りや口の中に水ぶくれなどの症状をもたらします。
◎単純疱疹の治療法
単純疱疹の軽症例では、非ステロイド抗炎症薬の服用や抗生物質の軟膏を塗布し、重症例では、アシクロビルやビダラビンといった抗ウイルス薬の経口あるいは経静脈投与を行います。
帯状疱疹
帯状疱疹とは、水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)への感染によって引き起こされる病気です。初感染は水痘で、脊髄後根での長期間の潜伏を経たのち、VZVが再活性されて発症します。帯状疱疹の発症の誘因としては、免疫不全、高齢、副腎皮質ステロイド薬の使用などが挙げられます。 帯状疱疹では、前駆症状として全身倦怠感や発熱などが現れて、神経痛に似た痛みとともに、顔面や口唇周囲、口腔内に水ぶくれやびらんが生じます。とくに口腔内に関しては、口蓋・舌・頬粘膜、口唇粘膜に水ぶくれが現れやすいといえるでしょう。
◎帯状疱疹の治療法
帯状疱疹の治療法では、一般的にアシクロビルやビダラビン、塩酸バラシクロビルといった抗ウイルス薬が経口あるいは経静脈投与されます。それぞれの症状に合わせて、消炎鎮痛薬やビタミンB12の内服などの対症療法も行われ、予防法としては、星状神経節ブロックが実施されます。
手足口病
手足口病とは、コクサッキーウイルスやエンテロウイルスへの感染が原因で発症する病気です。好発するのは乳幼児で、3〜5日程度の潜伏期間を経て、38℃前後の発熱と文字通り手と足と口に水ぶくれが生じます。口腔内の水ぶくれに関しては、容易に破れて口内炎となるのですが、手足の水ぶくれは比較的破れにくいといえます。手足口病の原因ウイルスは感染力が高く、しばしば幼稚園や保育園などで集団感染が見られます。
◎手足口病の治療法
手足口病に対する治療は特にありません。栄養補給をしっかりと行い、安静に過ごすことで病状は良くなっていきます。口内炎が出来て痛みが生じている場合は、粘膜保護剤や鎮痛剤の使用が推奨されます。
歯周病が原因で口の中に水ぶくれができる疾患と治療法
口の中の水ぶくれは、歯周膿瘍という歯周病によっても生じることがあります。
歯周膿瘍
歯周膿瘍とは、重症化した歯周病で見られる症状で、歯肉の中で膿がたまっている状態です。具体的には、歯肉の腫れや赤み、痛み、膿の排出などが認められますが、外からは水ぶくれのように見えることもあります。歯周膿瘍は、歯周病菌によって歯周組織が破壊され、深い歯周ポケットが形成されているケースで現れやすい症状といえるでしょう。
◎歯周膿瘍の治療法
歯周膿瘍ではまず抗菌薬を使って、細菌の活動を抑えます。深くなった歯周ポケット内を洗浄した上で、抗菌作用が期待できる軟膏を注入したり、抗菌薬を服用したりすることで、急性症状を抑えることが可能となります。その後は、標準的な歯周病治療を実施して、水ぶくれだけでなく、歯肉の腫れや赤みなども改善していきます。
まとめ
このように、口の中の水ぶくれができた場合は、粘液嚢胞やウイルス感染、歯周病などが原因として疑われます。その中でも頻度が高い粘液嚢胞については、本文でも症状や原因、治療法について詳しく解説しましたので、症状に心当たりのある人は参考にしてみてください。 ウイルス感染が原因の口の中の水ぶくれでは、口腔内以外にもさまざまな症状が現れるため、粘液嚢胞とは見分けやすいことでしょう。
そんな口の中の水ぶくれが自然に治らず、痛みや腫れなどが長引くようなら、まずは歯科や口腔外科、皮膚科を受診しましょう。粘液嚢胞は口腔外科、単純疱疹や手足口病は皮膚科を受診することで、適切な診察を受けられます。
参考文献